15-52 感涙警報
鎮の西国、中の西国、真中の七国は戦好き。滅ぼした国の民を奴婢にし、酷い扱いをする。
話には聞いていたが、奴婢の子を人として扱わぬとは思わなんだ。
「琅邪は小さな国ですが、大陸から認められた王が治める国。『己は大王、卑呼女を女王、卑呼男を王弟とする』と言い切り、儺国王を黙らせるダケの力を持っていました。水と薬です。」
ホウホウ。
「儺升粒は卑呼女、卑呼男と力を合わせて琅邪を強く、豊かな国に変えました。叢闇鉄が琅邪に近づいたのは、己を儺国王に贈らせるためでしょう。」
ウンウン。
「女王は叢闇鉄を見て直ぐ、海に投げ捨てようとしました。けれど取り憑かれ、己の命と引き換えに琅邪から遠ざけようとしたのです。」
うるうる、ジィン。
「王弟は叢闇鉄に取り憑かれた姉を救おうと抱きつき、命を引き換えにして戦いました。」
涙腺崩壊、ドッバァ。
「大王は叢闇鉄から琅邪を守ろうと、命を捨てて戦う姉弟から『海の水を』と言われ、甕を抱えて汲みに行きます。戻って直ぐ体を奪われますが、甕を頭で割って海の水を浴び、卑呼姉弟と力を合わせて崖から海に飛び込みました。」
人がソコまでスルと思わなかった呪物、大慌て。気合と根性で離れようとするが相手が悪かった。
儺升粒も卑呼姉弟も『命など惜しく無い』と文字通り、死ぬ気で戦い続けた。
全ては己と同じ思いをする人を琅邪から、儺国からも無くすため。
卑呼姉弟は戦いの最中、鬼化した事に気付く。
呪物を再起不能寸前まで追い込んでいたが、瀕死の儺升粒を救うために陸に上げた。
その隙に逃げ出した呪物を拾ったのが、倭国の兵を乗せて鎮の西国に来ていた保国の水手。
「叢闇鉄に逃げられた姉弟は、儺升粒の元へ急ぎます。けれど、もう。」
ガーン!
「生きていましたが、その身は二つに。」
エッ。
「人で鬼。そうなってしまった儺升粒に、卑呼姉弟は言いました。『ヌシは人、ワシらは鬼だ。死ぬまで琅邪大王として生きろ』と。」
夜叉社に、感涙警報が発令されました。
半鬼になった儺升粒を、鬼になった卑呼姉弟が支える。イキナリだと困るだろうが、女王になる前から卑呼女は琅邪社から出なかった。
顔を合わせるのは卑呼男と儺升粒だけ。
琅邪には生き神が御坐す。生き神は女王で巫、仕えるのは王弟で覡。琅邪の民は卑呼姉弟を崇め、奉っていた。
他からアレコレ言われなかった、いや黙らせたのは親漢儺王、儺升粒。
「琅邪に強い『何か』が現れて直ぐ、矢箆木神が使わしめ、瀞を向かわせ為さいました。けれど姉弟は儺升粒が動けるまで、琅邪を鬼の力で守っていたので入れません。」
報告・連絡・相談は大事。でも仕方ないよ。人は何も知らないし、知らされる事も無かったんだモン。
「瀞は社の下に潜り、踊って揺らしました。」
笊を手にして掬うフリをしたり、魚籠を腰につけて『オットット』しながら楽しくネ。だって泥鰌だもの。イエイ♪
「それで、遅れてしまったのですね。」
安来節に合わせて披露したのかって? この話は古代。今、弥生時代よ。
因みに安来節は島根県、安来市の代表的民謡。元は出雲節とも呼ばれ、日本海沿岸各地で歌われた舟歌デス。