14-44 感涙
慌てて加津を離れた舟が、光江の浜に着いたのは草木も眠る丑三つ時。
今の午前二時から二時半ごろ。
「ココは。」
心行くまでパックンした和邇さんズ、甲の指示に従い打ち上げました。
「生きている、のか。」
はい、生きてマス。
フラフラと舟を降り、陸に上がった兵たち。枯れ枝を集めながら進み、火を起こす。
飲まず食わずでココまで来たからか、バタンと倒れて眠り込む。
「ユイが見た通り、泥のように眠って居るよ。」
耶万社の祝、ユイには先読の力。禰宜ザクには心の声を聞き、伝える力がある。
「ありがとう、ザク。日が昇るまで休もう。」
社の司、アコが微笑む。
「そうだな、戻るか。」
アコとザクが戻ったのは社の離れではなく、光江に建てられた家。
耶万の臣が休んだり、光江の民を調べるのに使っている。
耶万に組み込まれた国の多くは立て直したが采、悦、大野、光江、安の五つは今も食べ物、着る物、暮らしに要る物も分け与えられている。
なのに戦を仕掛けたり、攻め込もうとするのだからドウしようも無い。
「なぁ、アコ。」
「なんだい。」
「国一つに一人づつ、兵を生きたまま戻さないか。」
朝になったら闇の種を植え付け、片付ける。話し合って決めた事だ。けれど全て光に変えれば、また違う兵が送り込まれるだろう。
どんなに多くの兵が押し寄せても、耶万社の皆で力を合わせれば纏めて消せる。消して無くせるが、また同じ事を繰り返すダケ。
「そうだな。」
アコが夜空を見上げ、呟く。
「誰がドコの兵か分からないと、残すのは難しいよ。アサに来てもらわないと、ザクが選んでもさ。」
耶万の祝人アサには獲物の足元に闇を展開し、取り込んで魂を抜く力がある。
「うん、分かった。アサを呼ぼう。」
風見から倭国に贈られた勾玉は闇喰らいの品で、今も禍を齎している。
それダケでは無い。
真中の七国で人の骸から、鬼がボコボコ生まれているとも。
早稲神の使わしめ、実は狐だが鬼とも付合いがある。夜生神の使わしめ、月隠は外に出る事を嫌うが、真中の七国を調べたそうだ。
二妖で確かめた事。真だろう。
「多紀から真中の七国、全てに光の雨が降った。そう聞いたケド足りないのかな。」
「アコ、気にするな。と言っても気にするよな。」
「気になるね。」
今のトコロ、光江に押し寄せる兵は人。
人でも隠でも妖怪でも、生き物なら闇の種を植えられる。けれど暴れたり引っこ抜こうとすれば、実が弾ける前に死ぬ。
光の雨が降っても、直ぐに止んでしまう。
「鬼の話は早稲神、夜生神から大蛇神の御耳に。狭間の守神が議られ、大祓の御許しが出たとも聞く。だから七国に一人づつ戻そう。それにアレ、全て弾ければ闇が集まる光江でも、少しは清らになるさ。」
「そうだね。ありがとう、照。」
アコの姿が煇と重なり、ハッとする。
「母さんの事、思い出したのかな。」
「アコの目は煇と同じだ。とても優しく、美しい。」
アコが黙って照を撫で、微笑む。