14-20 その願いは叶わない
岸多から慌てて離れた飛国の舟が、ユックリと死の森に近づいた。
大貝山の統べる地の西端に在り、一柱も御坐さぬ空白地帯。
谷底を流れる椎の川は大きいが、恐ろしく流れが早い事。森のアチコチに毒キノコ、窪地から毒霧が発生する事から『死の森』と呼ばれるようになる。
椎の川を上がれば叢闇鏡を納める神倉が建てられ、神域化した蛇谷。更に上がれば専守防衛に努める軍事国家、実山。
その北西には早稲と社を通した付合いを始め、守りを固めた谷西。もっと上がれば暴れ川だ。
「西だ、西へ進め。」
光江のカンに言われ、兵が肩を落とす。
「死の森に入れば死ぬし、椎の川は休まず漕がなきゃ岩に叩きつけられるゾ。」
悦のモウに睨まれ、大慌て。
明里の北は白い森、南は海。東は大磯川、西は椎の川だったが椎の川口を守らせるため、川向の谷まで明里領に編入。
椎の川口にも悪取の糸が張り巡らされたので、許し無く入ればプランと逆さ吊り。タプタプ袋に入れられシュワっと融けるヨ。
「見ろ、松川の口だ。」
カンが川口を示し、ニヤリ。
「はい。」
ずっと漕ぎ続ける事は出来ないので、代わり合っているがクッタクタ。
耶万に滅ぼされた松田は山奥、と言っても海の近くにあった大国。松川を上がった先に手を加え、大きな舟寄を設けた。
今も手入れされているのでシッカリしている。
松田や松裏に残されていた建物はバラバラにされ、他の地に移し建てられたので何も無い。
けれど舟寄を見た兵たちは思った。陸に上がれば里か村があり、足を伸ばして休めると。
「舟を水から上げ、奥に並べろ。流されるぞ。」
「はい。」
モウとカンが飛国王から預かった兵を休ませるため、松川を上がって松田に上陸。舟から離れた兵がフラフラと坂の上へ。
胸を張って歩きたいが、腕が重くてダラリと垂れる。
腰を曲げているので、見えるのは少し先。ソレでも前を歩いていた兵がスッと消えれば立ち止まり、見上げる事は出来た。
「え。」
何かが足に絡まり、引っ張られてブラァン。
何とか逃れようと腹に力を入れるが、ビヨンビヨン伸びて糸が大きく揺れる。
「お、オイ。」
逆さに吊られるダケでも辛いのに、上に下に動けば動くホド頭がグワングワンして気持ち悪い。
索道の終点は松裏。
冬山ならヒョイと降り、そのままスイっと雪滑り。夏山なら吊り籠から出て、自然を楽しみながらトコトコ歩く。
けれどココは明里の獄。囲いの中で涎を垂らすのは、人を食らった合いの子。
「ヒッ。」
スルリと糸が解け、真っ逆さま。
「ギャアッ。」
頭からガブリと食われれば一瞬だが、手足を引き千切られたり股を裂かれれば痛みが長引く。
「ゴロジデェ。」
長引く痛みに耐えきれず、兵たちが死を希う。けれど、その願い。直ぐには叶わない。




