5-47 誰だ!
とても冷えるが、良い山だ。兎、イノシシ、カノシシ。狐に狸、熊。
とにかく、狩りをするには良い山だ。
「熊実が近いからなぁ。」
暴れ川を渡った? それは、ないか。
「馬守が近いのは、助かる。」
そう、助かる。何かあった時、頼れるから。
「行くか、シゲコ。」
「ワン。」 イコウ。
良かった。笑った。オレ、嬉しい。オレ、シゲコ!
シンが、米を持ち出していた。しかも、種籾まで。米だけじゃない。粟に稗。草の根に、葉物の種。鶏! そりゃもう、いろいろ。
「オレはな、決めたんだ。」
「何を。」
「商い人になる。」
「ん? それ、前から。」
「ああ、そう。アイツのことは嫌いだ。オレには、村のこと、何もさせなかった。信じてなかったんだ。まっ、裏切る気でいたけど。」
しかも、隠す気なんて、サラサラ。
「そりゃもう、難しかったよ。早稲だもん。話も聞いてくれない。」
だろう、な。
「でも、オレ。諦めなかった。」
たまに、傷だらけで帰ってきた。けど、笑ってたな。
「誰一人、傷つけたこと無い! オレがしてきたのは、商いだ。」
さすが、長の孫。木下の村は、穏やかだ。優しいひとが多い。
前触れもなく、三鶴に攻められて、滅んだ。それでも、諦めていない。いつか必ず、村を。
シンは、早稲で育った。ナナさんは、とても穏やかで優しかった。そんな人に育てられたんだ。だからシンも・・・・・・。
強か、だよな。シン、誰に似た?
しばらく、食べる物には、困らない。でも、残そう。冬を越すために。
「ウゥゥ。」 イルヨォォ。
低く呻るシゲコ。良く見ると。人だ。
「誰だ。」
ガサッ、ガササッ。ノッソリ、ヒョコッ。
「敵じゃない。狩り人だ。」
確かに、そのようだが。何だって、こんなところに。狩りなら、熊実へ行くだろう。小さいのなら、獣山。
ここは、山裾の地の奥。良い狩り場だが、罠を仕掛けてある。それも、あちこちに。
許しなく入って何かあっても、釜戸社は動かない。シシの山、熊実、鳥の谷、獣山。皆の狩り場とは、違う。
「オレは、飯田の狩り人、イチ。」
飯田? わざわざ、鮎川を越えて来たのか。
「獣山があるだろう。」
うろたえた。
「鮎川を越えたんだ。熊実へ行かないのか。」
ゴニョゴニョ。
「何だ、ハッキリしろ。」
「ワン。」 ソウダ。
怪しすぎるぞ! 何か言え、モジモジするな。