13-37 守り切れない
目の前で起きている事が信じられず、腰を抜かしてしまった多鹿の里長。その胸に、這いながら逃げてきたカヤが飛び込む。
里を守るため、日頃から備えている。腕っぷしはカラキシだが弓の腕はピカイチ。幼子を抱えて走るくらい、何でもナイ。
「里長ぁぁ。」
オンオン泣くカヤを抱き上げ、急いで離れた。
カヤは長の首に腕を回し、泣きじゃくる。
ただ、ただ怖かった。知らない男が己を見る目が。頭の先から足の先まで舐めるように見る、その目が気持ち悪くて。
あんなのに捕まったら、きっと酷い扱いを受ける。生きて多鹿の里に戻れない。死ぬまで言えないような事をされて、ボコボコ子を産まされるだろう。
そんなの嫌だ!
「怖かったな。好きなだけ泣け。」
カヤの背を摩りながら長は思った。もっと守りを固め、決まりをシッカリ守らせようと。
多鹿に限らず、隠れ里は狙われ易い。だから子や娘ダケで山に入ったり、里を出てはイケナイ。そう決めている。
カヤは言い付けを破った。けれど、破りたくて破ったワケでは無い。
あの家で動けるのはカヤだけ。父は里の外、兄と姉は家を出ている。頼り難かったのだろう。
カヤのような子は多い。悪い事ではナイが、もっと良く見ていれば攫われなかった。泣かせる事、恐ろしい思いをさせる事も無かった。
同じような子を集め、預かる。そんな家を建てれば守れたハズだ。
「カヤ!」
「母さん。かぁさぁん。」
トタトタ走って、母の胸に飛び込む。
「怖かったよぉ。」
「里長、話がある。」
カヨがスゥっと伸び、耳元で囁いた。
「ヒッ。」
「怖がる事は無い。多鹿の織り人、カヨ。そう言えば分かるか。」
カヨ、織り人って・・・・・・。
「カヨさま。あのカヨさま、ですか。」
「どのカヨさまか知らんが、私の名はカヨ。血も肉も失った呪い種。」
カヨは己を同じ思いをする女を守りたい、無くしたいと思っている。だから手始めに山守の民、続いて山越の民を根絶やしにしよう。そう考えていた。
カヤを泣かせ、苦しめたのは偉山の男。高盛崖を登ったのは全て片付けたが、これからもドンドン送り込むだろう。
その度に消すが、攫われる前に里に籠れる。そんな決まりを作ってもらわねば守り切れない。
「多鹿の娘が偉山の男に攫われたと、逸散滝に向かっていると知らせてくれたのは祝辺の守では無い。恕の隠頭だ。」
「ひろ?」
「恕は男に嬲られ死んだ、殺された女を救う隠。カヤが生きて戻れたのは、その恕が山守に居たから。」
ゴクリ。
「いつも山守に居るワケでは無い。何が言いたいのか、分かるな。」
「はい。」
カヤが穢される前に取り返せたのは、救い出せたのは全て、恕がカヨさまに知らせてくださったから。もし少しでも遅ければ、あの子は。
「里の皆を集め、『抱え込まずに助け合うように』伝えます。シッカリと話し合います。」