13-23 助けない
偉山の男が乗った舟を、エイッと引っ繰り返したのは犬の隠。川に落ちた男を川底に引き摺り込み、タップリ苦しめたのは蛇の隠。
「西望川の神が、神が荒ぶられた。」
息絶え絶えに川から上がり、ゲホゴホしてから呟く。
「ナニ言ってんの。」
投が低い声で一言。
偉山に御坐すは偉山神、一柱。
西望川の源は偉山湖。湖は頂の東に在り、偉山神が御守り遊ばす。
その昔、偉山にも数多の神が御坐した。けれど男が女を敬わず、虐げ楽しむようになって御隠れ遊ばす。
偉山に祝の力を持つ人が生まれナイのも、口寄せに応じナイのも全て、神の思し召し。
「戻すのは一人で良いかな。」
と言いながら投が、男の口に毒玉を放り込んだ。
「グホッ、何かが口に。」
バタン。
蝮の隠から毒を貰い、宿木の実に絡めて丸めました。安心安全の伊弉冉社製。一粒づつ心を込めて、根の国でコロコロしたヨ。
用法・用量を守って、正しく御使いください。ピンポンッ♪
「ゲッ、真っ黒。」
始末した野郎から、どす黒い闇が出てきた。
「驚きはシナイが、多いな。」
と言いながら偉山神の使わしめ朝、スタンバイ。
「アォーン。」 マヨワズ、オチロ。
地中からニョキッと闇の手が伸び、野郎の闇と魂を捕らえる。根の国に叩き込むとスッと消え、静かになった。
「投、また来たぞ。」
朝がクイッと鼻を向け、キランと目を輝かせる。
「皆、頼みます。」
隠の犬と蛇がコクンと頷き、配置についた。
「わぁっ。」
見えない何かに舟を引っ繰り返され、水中に投げ出された。
浮き上がる事なく川底に引き摺り込まれ、苦しみながら死ぬ。
「たっ」
浮き上がれたのも居たが、直ぐにブクブク。
朝と投が並んで見守る。片付くまで、黙って見守る。
朝の飼い主を殺したのも、投を殺したのも偉山の男。全ての男が悪いとは思わないが、偉山には悪い男しか居ないと思っている。
だから助けない。
「皆さま、ありがとうございました。」
投が一礼すると、隠の犬と蛇がスッと姿を消す。
「朝さま。お力添え、ありがとうございました。」
「ウム。投よ、これから回るのか。」
「はい。」
偉山には男に虐げられ、嬲られて死んだ女がアチコチにいる。己の骸の横で膝を抱え、ボンヤリしている女の隠が。
その全てに声を掛け、救う。それが恕の務め。
恕と共に喰谷に入山すれば、どんな隠でも浄化可能。そのまま合繋谷の滝壺から、真っ直ぐ根の国へ行けるので迷わない。
「そうか。」
産屋や子の家で死んだ人の魂は、残らず朝と祟が祓い、偉山神が御清め遊ばした。
恕を待たなかったのは、直ぐに清めなければ闇堕ちすると思ったから。
「お気遣い、ありがとうございます。」