13-17 良い感じ
嚴山の頂に御坐す嚴山神の分社が、嚴山の中ほどに在る。
先見の力を生まれ持つウリは、いつも婆さまと手を繋いで向かった。その姿をソッと見送ってから山に入り、いろいろ教わったな。
「あぁ、昔のままだ。」
マツが呟いた。
「そうなの?」
「木は大きくなったが石積みの社も、この石も。」
と言いながら石に触れ、微笑む。
分社の守は頂に一礼してから、大木の横に在る石積みの社を清める。沢の水を供え、祈りを捧げて一礼。
「この石は契り石なんだ。好いた人と二人、掌を置いて『共に生きる』と誓うと幸せになれる。そう信じられているんだよ。」
まぁ。
「リツ。幸せになっておくれ。」
「父さん、どうしたの?」
「リツはウリが残してくれた、たった一つの宝だ。命に換えても守り抜く。でもね、孫の顔は見たいな。」
「もう!」
ウリを心から愛していたマツは、後添えを迎える気など無かった。けれど幼いリツを男手一つで育てるのは難しい。だからトミを迎えたのだが、始めに伝えた。
『ウリとリツのために生きる』と。
トミに冷たくしたり、辛い思いをさせる事は無かった。トミとの間に儲けたトモの事も、リツと同じように慈しんだ。
けれど、リツとトモは違う。
「私、ウリ母さんの事は覚えてナイけど、遠くから見守ってくれている。そんな気がするの。」
「そうか。」
婆さまに教わった通り、務めを果たす。その間、アワはイヅチからイロイロ教わった。その様を見守っていたマツは、心の中でウリに語りかける。
『戻って来たよ』と。
「アッ! 父さん、山守が。山守の民が来るわ。」
「見えたんだね。」
「そうなの。山守の民が大崖を下って、川沿いを。それで迫の里をグルっと回って、この山に入るの。それで、それで・・・・・・。」
「戦になるのかい。」
「ならないわ。山守の民が逃げ出して、迫の里に助けを求めるの。でも追い返されて、慌てて川を下るの。それで違う里、煙がモクモクしている里に入って。悪さしようとして捕まって、逃げ帰るの。」
「熱吹は強いからね。でも伝えよう。」
「父さん。」
「帰ってくるよ。」
山守の民は焦っていた。山越に送った人は戻らず、山守から若い男が消えたから。
食べ物は祝辺から分けてもらえるが、子が生まれない。子が生まれなければ人が減る。人が減れば村が消え、里になり、いつか滅びてしまう。
「山を下り、嚴山へ。次は倅と子を攫え。」
山守の長が命じた。
「若い男は諦めましょう。」
「そう、だな。育ちそうな子を狙え。」
「ハッ。」
山守に残った男のうち、若いのを残して大崖を下る事にした。戻れなくても困らないよう、しっかり選んで。
「うふふ、良い感じ。」
カヨが嬉しそうにクルリと回り、ピョンピョン跳ねた。