13-12 三人で帰るんだ
身支度もせず、バタバタ外に出たトモ。大きく息を吸い込み、フゥっと吐いた。そして叫ぶ。
「アタシはね、神に選ばれた娘なのよ!」
トモは八歳。マツとトミの末娘で思い込みが激しく、父の連れ子であるリツに敵対心を抱いている。十二歳のリツは面倒見が良く、山越キッズに大人気。
マツもトミも口には出さないが、リツを頼りにしていた。
「・・・・・・え?」
マツ、トミ、リツ、揃ってパチクリ。
「トモ、どんな夢を見たんだい。」
山越の長が声を掛け、微笑んだ。
山越の村は小さく、滝から流れる川沿いに在る。
朝早くから水汲みや何やで、村人が集まるのだ。そんな所に顔を洗わず、ボサバサの髪でトモが駆け付けたのだ。長じゃなくても声を掛ける。
「シッカリなさい、トモ。」
トミが思わず溜息を吐き、目を見て叱った。
「トモ、夢はね。寝ている時に見るモノだよ。」
マツが優しく諭す。
「どいて! 長、聞いて。神から、山守神から崖に分社を建てるよう、御告げがあったのよ。」
声を掛けようとしたリツを押し退け、トモが村長に飛びつき、言い切った。
「フッ、フフフフフフフ。」
勝った。リツに、あの女に勝った。私は選ばれた娘。何をしても、何を言っても認められる。許される。
「神は生贄としてリツ、あの女を求めている。手足を縛り、崖下へ落とせ。」
トモがリツを指差し、胸を張った。その顔は醜く歪み、見た者は『あぁ、またか』と思う。
「何を言い出すかと思えば。」
長は父の代に山守から移住。伯母、母、従姉妹、実姉まで生贄にされ、失っている。
「ナッ、偽りなんかじゃない。アタシは」
「はいはい。トミ、トモを黙らせなさい。」
トモがリツを嫌っている事は皆、良く知っている。それが妬み、嫉みである事も。
「はい、長。トモ、コッチに来なさい。」
「えっ、何で。真なのに! 信じてよ。」
「来なさい。」
パコンと側頭部を叩かれ、耳をビッと引っ張られた。そのままズルズル、村外れに連れて行かれる。その後ろ姿を見送り、長がフゥっと息を吐いた。
「マツ、少し良いか。」
「はい、長。リツ、先に戻っていなさい。」
「はい、父さん。」
リツが家に入るのを見届け、長とマツがユックリと歩き出す。けれど、その表情は険しい。
「マツ。山守社は祝を選ばん、そう決めた。山守の民は『巫を』と言ったが、山守は巫も覡も置かん。だからな、もしトモの事が山守の誰かに知られれば、ヤツらは喜んで押し寄せる。多くの命が奪われるだろう。」
「長。私はウリに『リツを守る』と、そう誓いました。なのでリツを、ウリの兄に託そうと思います。」
長はウリとマツが嚴山の出だと知っている、唯一の人である。
マツはウリを守れなかった、救えなかった事を酷く悔い『偉くなろう、力を付けよう』と決めた。
「マツ。直ぐに荷を纏め、リツと共に山越を出なさい。生まれた地で暮らすんだ。トミとトモは山越の生まれ、私が見守ろう。」
「長・・・・・・。」
「良いか、マツ。ウリは死んだがリツは生きている。ウリの髪を持って、三人で帰るんだ。迷ってはイケナイ。騒ぎになる前に、解るね。」