13-4 疑っているのでは
骸の、それも頭の近くに供えられていた。葉で作られた器に水、小さくて白い花が添えられている。
なのに、どこにも歩いた跡が無い。
「靄山隠、いや恕か。」
流離社の禰宜、サクが呟く。
「何れも違うでしょう。」
靄山隠の頭、タンが微笑む。
「天霧山、矢弦社の影ですか。」
矢弦社の忍び『影』。祝に仕える隠密部隊で隠や妖怪など、見えないものを見る力を生まれ持つ。腕っ節の強さは桁違いで、熊でも軽く倒す。
『靄山隠』は隠、『恕』は隠と妖怪で構成されている。けれど『影』は野比社の忍び『木菟』、野呂社の忍び『鷲の目』と同じ、生身の『人』である。
痕跡を完全に消す事など不可能。
霧雲山の統べる地には他にも天立山、糸游社の忍び『月』。月見山、水月社の忍び『桧』など、多くの忍びが居る。
けれど祝社の許し無く、霧雲山に出入りできる忍びは『影』だけ。
「違います。この感じ、呪いの類ですね。」
微笑むタンを、サクが黙って見つめる。
「それは真ですか。」
『信じられない』と顔に書いてある。
「真ですよ。」
サラリ。
諄い様だが、サクは強い守りの力を生まれ持つ禰宜。
継ぐ子の時から高を括り気を許す事なく、気配りも怠らず努め続けて今の己がある。そう信じて疑わない男だ。
呪いだろうが何だろうが、いやナゼ気付かない。
守りの力を搔い潜って入り込んだ? 閉じ込められる事なく通り抜けた? そんな事ある・・・・・・のか。
「そんな。」
流離山を丸ごと包み、守り続けている。なのに全く気付かなかった。靄山隠や恕、天霧山の影なら諦めがつく。けれど、呪いの類って。
「山守の祝、テイに憑いた呪いでしょう。」
恕の隠頭、投が言い切る。
「エッと、それは真ですか。」
「はい、真です。」
靄山社の忍び、『靄山隠』は靄山社の社憑き。それも隠のみで構成。抜群の機動力を誇り『隠忍び』の異名を取る強者揃い。
発案隠で初代隠頭、樺は使わしめに出世したので辞職したが、今でも強い影響力を持つ。
伊弉冉社の忍び、『恕』は人生を達観して死んだ女人の隠を中心に構成。
人の世に居るが伊弉冉尊公認の隠忍びなので、どんな隠でも恕と喰谷に入山すれば浄化可能。
そのまま合繋谷の滝壺から根の国へ行けるので、陥れられ居場所を失い、絶望して死んだ隠を喰谷に連れ帰り、根の国へ送る活動を続けている。
「疑っているのではアリマセン。けれど、その申し上げ難いのですが。」
サクには、どうしても信じる事が出来なかった。
「呪いの類なら清められる、と思います。」
流離の社の司には強い清めの力、祝には光の力が有る。流離山に入った瞬間、浄化されるハズ。なのにナゼその呪いは、呪いの類は出入り出来たのだろう。
「流離神が御許し遊ばしたか、『禍を齎さぬ』と御考え遊ばしたのでしょう。」
今まで良く分からなかった事が突然、はっきり分かるようになったサク。頭がスッキリする。