5-41 引っ越し
母を失い、残された子。泣いて、泣いて。墓の前から、離れようとしなかった。前の、月が見えない夜。明けて、すぐ。
あれから、そんなに経っていない。それなのに、父まで失ったのだ。
「あの、な。聞いてくれ、ソラ。」
「な、なに。」
ウゥッ、ウゥッと泣きながら、耐えている。
「ソラの父さん。遠い、遠いところから、見てるよ。ソラの母さんと、幸せに暮らしてるんだ。」
「オレも行く。父さんと、母さんのところへ。」
「ソラ、いけない。」
急に叱られ、驚く。そして、涙をポロポロこぼした。
「嫌だ! 行くんだ。」
「ソラ、生きるんだ。父さんと、母さんの分まで。幸せに生きろ。いつか、会えるんだから。」
「会える?」
「ああ、会える。みんな必ず死ぬ。生き続けることは無い。」
「・・・・・・うん。」
「父さんと母さんに会えるんだ。その時、幸せに生きたよって言おう。言えるように、生きよう。」
ソラが黙って、頷いた。
引っ越しが始まった。もともと、物は少ない。とはいえ、山の中。家も、畑もない。いざとなれば、獣谷の隠れ里がある。しかし、いざ、だ。そうならないように、守らなければ。
「シゲ、行けるか。」
「ああ。そうだ、シンは。」
「持ち出せるだけ持ち出して、先に行ったよ。」
「そうか。」
「・・・・・・疑うわけじゃない。でも。」
「釜戸山の、祝に誓ったんだ。裏切らない。いや、裏切れない。そういうモンだ。」
「確かに。」
「それに、イヌが見張ってる。」
飼い主を失った犬を、シゲが引き取った。出来るだけ早く、名をつけてやろう。イヌのままじゃ、かわいそうだ。
「舟、増やしておいて良かったよ。」
「そうだな。ありがとう、ノリ。」
「ん。」
「頼りにしてるよ。」
「オゥ。任せとけ。」
大人はシゲ、ノリ、カズ、コタ、コノの五人だけ。コタは十四。コノは十二になったばかり。
他は子だ。下は三つ。上は十一。どの子も、残され子。シゲたちが親がわり。他はもう、いない。きっと見守っている。
だから、悩んでいられない。早く、少しでも早く。三鶴や玉置に見つからないように。
「社の。村外れの誰かが戻ったら、これを見せてほしい。頼めるだろうか。」
獣の皮の切れ端を渡した。
「見せるだけで、良いのなら。」
「悪いな。」
「急ぎなさい、見つからないように。死ぬんじゃない、生きるんだよ。」
「ありがとう。」
シゲを見送り、社の司は誓う。譬え命を奪われても、他所の人に分かるようにしよう。私に出来ることは、他に無いのだから。
皆の分まで、幸せに。きっと幸せに、幸せに。