12-54 片目じゃなくても
大急ぎで出立の準備を整え、タエとタラが野呂社に戻って来た。祝の力を持たない人には姿を見せない後見役、一隠二妖が姿を現す。
『影縫い』と『影落とし』を得意とする川亀の隠、飯野の社憑きだったシナ。『狐火』と『幻術』を得意とする妖狐、茅野の社憑きだったフサ。『影踏み』を得意とする妖犬、添野の社憑きだったクル。
揃って前、社憑き筆頭。その実力は折り紙付き。
「死ぬなよ。」
タラに弓の扱いを叩き込んだ父、オウ。
「生きて幸せを掴みなさい。」
タラに罠の張り方や毒の扱いを叩き込んだ母、ヒロ。
「ハイ。」
オウとヒロの末っ子、タラ。
狩人夫婦の才能を受け継ぎ、英才教育にも耐えた美少年は恋に落ちた。一目惚れである。相手は添野で両親と死別し、苦難の道を歩む事になったタエ。
大泉に引き取られる事が決まっている。強い祝の力を持っている。隠と妖怪が、後見として憑いている。
そう聞いても引けない、諦められない。
「タラ、もう野呂に戻る事は無いだろう。」
「はい、祝。解っています。それでもオレ、タエと生きたい。」
心を読め、読心術も使えるタタが頷く。
「そうか。国つ神から放たれ、社憑きから後見になった皆さまが御守りくださる。がな、タラ。戦うより逃げる事を考えろ。」
「はい。」
「タエが好きなら死ぬな。」
「ハイッ。」
靄山から社を通って、靄山隠の精鋭が到着。直ぐにタエとタラを連れて渓山へ。警護を担当するのは靄山隠、闇から隠蔽するのは一隠二妖。
ゆっくり十数えてから、鷲の目が野呂の子を連れて滝山に向かう。それから二十数えてから、狩頭が見習いを連れて氷皐山へ。
同時刻、野比も動いた。
靄山隠が野呂に到着する少し前、木菟が狩り人の子を連れて滝山へ。ゆっくり十数えて、狩頭が見習いを連れて氷皐山へ。
さらに二十数えてから、食べ物と織物を担いだ忍びの子が匿里山に向かった。
野比の南に聳える匿里山は『秘境』と言って良いだろう。山中のアチコチに隠れ里があるが交流は殆ど無く、余所者を酷く嫌う。
ただし谷河の狩り人と木菟、鷲の目は例外。
「・・・・・・。」 パチッ、パチパチ。
渓山から戻った靄山隠が、祝に瞬きで『心を読め』と合図。
「・・・・・・。」 パチン、パチパチ。
ウインク出来ないタタ、両目を瞑って『はい』と応答。
タエとタラを無事、嘆き溪の洞に送り届けた事。万が一に備え、狐火の中に居る事。渓山を出るまで清らだったと聞き、ホッとする。
「では、これで。」
「はい。ありがとうございました。」
通心終了後、靄山隠が社の奥へ。
深深と下げた頭を上げて直ぐ、ゾワワワワァッ。分ティ人の闇がブワリと広がった。
「うわぁ。」
水を操る力を持つ、ミオが眉を顰める。
「濃いですね。」
風を操る力を持つ、カイが呟く。
「ギモヂワルッ。」
社の司と禰宜には耐えられても、祝にはキツかった。