12-53 急げ
信じる、信じるよ。心の底からタエの事を思っている。好きだ、契ろう。じゃなくて待って。お願いだから、うん信じてる。
信じてるよ、でも待って。
「祝からね、少しだけど聞いてる。タエ。」
「はい。」
「好きだ。」
・・・・・・。
「オレ狩り人だから、タエを飢えさせない。寒い夜はギュッと抱きしめて凍えさせない。子が生まれても生まれなくても、ずっとタエを先に守る。」
・・・・・・?
「タエ。二人で野呂を出て、大泉で死ぬまで暮らそう。だから親に言う。野呂社の人にも言う。言ってから野呂を出る。良いね。」
コクン。
「野呂山から高盛崖の登れる所まで、大人の足で二日。崖を登って森を抜けて山を登って、湖をグルっと回って下る。子の足では十日。いや、もっと掛かるよ。」
上空から見ると良く解る。山守は崖に守られた天然の要塞。山守と祝辺を割った、あの地震で隆起したのだ。
高盛崖の南には恐ろしく深い合繋谷があり、遠回りしなければ行けない。鎮野か平良から鎮森に入って冀召を見つけ、分川に沿って南へ。
十日どころか二十日は掛かるだろう。
「鎮森は心の強さや力を厳しく試す、人を通さない森。祝辺の守を選ぶ森らしい。」
祝社の継ぐ子を放り込んで、生きて戻った子を人の守にするのよ。紅が言っていたわ。
「死ぬのは怖い。けどオレ、タエとなら死んでも良い。」
「私は嫌。」
ガーン。
「タラ、私が好きなら、離れたくないなら生きて。『死んでも良い』なんて言わないで。キライになるわよ。」
「死ぬのは怖い。けどオレ、タエと生きる。タエより長く生きるから、お願い。キライにならないで。」
言い直した。
「はい。」
ニコッ。
『惚れたら負け』と言うけれど、ボロ負けだ。なのにタラ、とっても嬉しそう。タエはタラを軽んじて、言いなりに従わせたりシナイから安心してネ。
「えっ・・・・・・と、エッ?」
野呂の社の司、ミオ。パチクリ。
「山守の、ねぇ。」
野呂社の祝、タタ。赤べこ状態。
「はっはっは。」
野呂社の禰宜、カイ。笑うしかナイよね。
「笑うしかアリマセンよね。でも今は、逃げずに考えましょう。
野呂社、祝人頭マヨ。冷静だ。
呪い祝テイの闇が、人には勝てないバケモノが野呂に押し寄せる。狙いはタエ。強い先読の力を持つ人を探そうと、闇を広げた。
急いで大泉に行かないと、野呂が滅びる。多くの人が命を失う。
「タラ。今すぐタエを連れて、渓山に入りなさい。」
「ミオさま。滝山ではなく、渓山ですか。」
「渓山です。『嘆き溪』には洞があって、祝の力を持つ人が奥に進むと水が光ります。あの中は清らで、どんなに強い呪いも届きません。カイ。」
「はい、ミオさま。タラは空の水袋五つ、大袋いっぱいの食べ物を背負子に乗せなさい。タエ、良山から持ってきた荷を忘れずに。急げ。」
風を操る力を持つカイが、笑顔から真顔になった。