12-41 今でも
元は清めの力を持つ、坦社の祝だったミヲ。
離れで機織り中に地が揺れ横転し、梭が胸に刺さった直後、倒れてきた柱が後頭部を直撃し死亡。
山が崩れ、生き埋めになった人の呻き声、助けを求める声を聞きながら闇堕ち。妖怪化。清めの力は失ったが肺を包んで圧迫し、窒息させる闇の力を得た。
人の世に残ったのは消滅するまで、鎮守の務めを果たすため。
「寿よ、ワフの飼い主の名は。」
エッと、ま・・・・・・。何だっけ。
「思い出せません。けれど確か夜久が『いつか、何かに使えるだろう』と社の奥に、その男が着ていた衣をビリッと。『アカチャ』という鼠の妖怪に頼んで、祝の力で作られた袋に入れて。ん、今もあるのかな。」
首を傾げてパチクリ。
「アカチャ、鼠。」
「沼垂神?」
「ハッ! 山背の社憑き、鼠ん。」
山背の外れで暮らしていた姫鼠妖怪アカチャと、赤鼠妖怪クロチャが取っ組み合いの喧嘩を始めて十年後、強制融合されて誕生したのが鼠ん。
夜久も姫鼠の妖怪、収集品披露会で知り合った可能性が高い。
ずっと『アカチャ』と呼んでいた鼠が『鼠ん』と名を変えても、変わらず『アカチャ』と呼んでしまうだろう。
呼んでもオカシクない。
「寿、アラとは今も。」
「はい。休みの日に飆の泉で水を汲み、花を摘んで坦へ。留萌社が埋まっている所に供え、祈りを捧げます。アラとミヲも、いつもフラリと現れて祈りを。」
「そうか。」
「はい。」
留萌社に祈りを捧げたら坦社が埋まっている所へ行き、同じように祈りを捧げる。
小さな山ひとつホド離れているが二社とも、あの山津波に呑まれてしまった。滑社も呑まれ、埋まってしまったが大崖に一社。
留萌社と坦社は共に呑まれ、坦の地に埋まっている。三柱とも御隠れ遊ばした。けれど今でも生き残りが、穏やかな表情で黙祷を捧げる。
多くの命が奪われた。生きたくても生きられず、守りたくても守れずに苦しみながら。
迷わず根の国へ行けるよう、闇堕ち覚悟で御力を揮われた神。神を支えた使わしめ、社憑き。
生き残った事を責めるのではなく『生かされた』と、生き残ったのは『御霊を祭るため』だと、そう思って生きている。
俯かず前を向いて、泣かずに笑って、胸を張って生きている。
「朝になったら話を聞こう。」
「山背の継ぐ子が祝辺に引き取られ、人の守から隠の守になったと聞く。」
「生き物の考えを読む力を持つスミ、でしたか。」
祝辺の守に頼るのは、まぁ何だがな。祝社には山越や山守、霧山で生まれた守も居る。イザとなれば話を通してもらおう。
今のトコロはっきり言えぬが、セイは詐の血を引いている。
山守に引き渡された詐の娘が育ち、子を産んだ。その子が山守から山越、山越から嚴山、嚴山から流離、流離から汊眺へ移り住み、流連滝を下ったか。
いや滝ではナク崖を下り、狩山へ。
狩山には多くの里や村があり、助け合って生きている。他所から引っ越してきた者に声を掛け、いろいろ教え導くだろう。
そうして子を生し時が流れて、山在でセイが生まれた?
「もしかすると。いや、そんな事は。」
「沼垂神、どう為さいました。」
「砂水神。私、フと思ったのです。『山守のテイに奪われたセイ、明日も詐の血を引いているのでは』と。」