12-39 何も残さず
霧雲山に御坐す狭間の守神、沼垂神は沼の神でも在らせられる。
使わしめが泥龜なのは当たり前? いえいえ、ずっと使わしめ不在でした。
泥垂は底なし沼。カルデラ湖のように擂鉢状ではなく円柱形。一歩でも踏み入れればズボッ。
登別や別府の地獄沼ほどではナイが沼垂も高温、矢箆木沼と違って無毒。
沼そのものが崇められているので営業ナシ。寒がりで内向的な隠、妖怪には夢のような沼なのに・・・・・・。
探すのを止めると見つかる探し物のように、『このまま一柱でも良いか』と思った時に出会いました。沼の側で妖怪化し、寝落ちした妖怪に。
思い切って声を掛けたら寝惚けて噛みつかれたケド、優秀な使わしめを迎えられて良かったヨカッタ。
「沼垂神。使い犬の寿は、留萌神の。」
「はい、湯溜神。寿は留萌の社憑きでした。」
寿は仔犬の時は可愛がってくれた飼い主に捨てられ、野良となった犬の隠が融合して生まれた妖怪。
人を憎み切れず苦悩していたら『ウチに御出で』と留萌神に御声掛けいただき、そのまま留萌の社憑きとして就職。
留萌神の使わしめ夜久はチョッピリ食いしん坊で、何でもカンでも集めちゃう姫鼠の妖怪。何にも知らないワンコに根気よく、優しく丁寧に指導。
素晴らしい上司とステキな先輩に出会い、幸せに暮らしていた。その幸福を打ち壊したのが山守。
あの山崩れで多くの命が奪われると同時に溢れた闇を清めるため、夜久と寿を放ってから全ての魂を清め、御隠れ遊ばした留萌神。
放たれても山崩れにより失われた命と魂を救うため尽力し、留萌神と共に消滅した夜久。
寿は一妖、残されてしまう。
留萌は坦に呑み込まれ、坦神の使わしめだったアラが守っている。
山崩れにより失われた命と魂を救うため、放たれた後も坦神と行動を共にしたアラは誓ったのだ。『人の世に残って山守から坦の地を守り続ける』と。
職と住処を失った寿は黙って引っ越した。山津波に呑まれ流され、土に埋まった留萌社から近い飆に。
転居して直ぐ『飆で強く生きます』と誓い、遠吠え。一礼してから旋風と戯れる。
そんなある日、沼垂神より『ウチの使い犬にならないか』とスカウトされ、『通いで良いなら』と御受けした。
「ワフが贄に選ばれた時、寿は流山に居ました。御使いを済ませて戻ったら、もう。」
狩り犬として認められていたワフが、あの賢いワフが呪い神になっていた。
留萌にワフを救えるような祝は居ない。
だから寿は留萌神に『どんな闇でも清められる、光の力を持つ流離の祝に、ワフを清めてもらおうと思います。どうか御許しください』と伏して御願い申し上げる。
社を通って流離社を訪れた寿は流離神に首を垂れ、ワフが人懐っこく優しい犬だった事、皆から可愛がられていた事を御伝えし、ワフを救えるのは流離の祝しか居ないと訴えた。
その願いは聞き届けられ、強い清めの力を持つ社の司、強い守りの力を持つ禰宜、光の力を持つ祝が力を揮う。
「生まれた合いの子は、幸せそうに笑いながら消えて無くなった。そう聞いた覚えがあります。」
「はい、その通りです。」
腹を破って誕生し、瀕死の詐を食い殺して咆哮。
同日同時刻、父ワフは寿から依頼を受けた流離社三人衆により、流離と沼垂の間で浄化され、倅の声を聞きながら消滅。
倅は人からは『イヌ』と呼ばれていたが、寿に『これからはワフ、父の名を継ぎなさい』と言われ涙を流す。
暴力的だが無力と判断され、投獄された倅のワフは己の命を代償に獄中から敵を呪い殺し、満足して微笑みながら消滅。
父子共に何も残さず、旅立った。