12-38 呪い神
やまと中つ国、隠の世。
望日、和山社に集い座して議られる狭間の守神。
標本としても素晴らしいが、収集品への深愛と情熱を感じさせる一級品を前に神神、大興奮。
「何だ、この禍禍しさは。」
「良那のヨシが受け継いだ闇より、ずっと濃い。」
「にしても。」
「えぇ。」
「良くコレだけ集めましたね。」
高く評価されたヨ、鼠んコレクション。
高濃度の闇が太陽面爆発のようにヒュッと出た瞬間、素早く齧って噛み千切るという離れ業を遣って退けた。
それダケでも凄いのに、鋭利な刃物で切断したかのような切り口。見事。
異物が混入せぬよう注意しながら採集現場を離れ、身の安全を確認してから隔離保存。足裏に付着した土、付近の落ち葉を参考資料として添付。天晴!
「ん! これは。」
沼垂神、クワッ。
「留萌の詐から切り取られたのと、同じ闇ですね。」
矢箆木神が仰った。
「残って、いましたか。」
沼垂神が御目を伏せ、呟き為さる。
詐は神口だと偽り、留萌の長になろうとした巫である。
留萌を豊かにするには『犬を嬲り殺し、従わせるしか無い』と大嘘を吐いて実行。呪術の贄として選ばれたのは賢く、人懐っこい狩り犬ワフ。
逃げられないよう縛られたワフは戸惑う。目の前に餌と水があるのに、どんなに首を伸ばしても届かない。
もう少しで届く場所にあるのに、どうして食べさせてくれないの? 飲ませてくれないの?
足元を長くて太い枝でバンバン叩かれ、幾つも結び目を作った縄でバシバシ打たれる。痛い、苦しい、もう止めて!
どんなに叫んでも助けてくれない。気を失えば水を掛けられ、牙を剥いて吠えれば鼻先を突かれる。そうして嬲り殺されたワフは呪い神となった。
人の姿に化けたワフは詐を、皆が見ている前で穢し続ける。
喉を一噛みすれば殺せるが、死にたくなるような思いをさせよう。『留萌神の仰せだ』と偽り、犬を殺すような人、すんなり殺してナルモノカ!
そう考え、己がされたように痛めつけながら。
犬妖怪に孕まされた詐は、社として造られた檻に入れられた。
撫でられて尾を振っていた犬は留萌に幸せではなく、思いも寄らない禍を齎すに違い無い。
詐を孕ませたんだ、気に入られたのだろう。なら共に、と。
ボコボコしながら膨れる腹を叩いたり、跳ねて腹から落ちる事で子を下ろそうとした。何も食べず、水も飲まずに死のうと思った。けれど不可能。
両手両足を縛られ、食べ物を口に押し込まれるから。
ブクブク膨れた腹を食い破って、唸りながら産まれたのは合いの子。
瀕死とはいえ生きたまま食われ、助けを求めながら死んだ詐は誰からも悼まれなかった。
「闇を切り取ったのは確か。」
「留萌山が崩れる一年ほど前、使わしめガブが持ち帰りました。」
大昔、恐竜が大地を支配していた頃の話だ。
噴火に伴う地震で留萌山が割れ、離れた。噴火した山は凹み、雨水が溜まって望月湖となる。
時流れ、山守と祝辺が割れた事で山津波が発生。坦山崩壊に巻き込まれた留萌山は山津波に呑まれ、現在地に埋没。
沼垂神の使わしめ、ガブは鼈の妖怪。踏み潰されて死んだ鼈の隠が集まって愚痴ったら、なぜか融合し妖怪化。
寝惚けて沼垂神にガブッと噛みついた事がキッカケで『ガブ』と名付けられ、使わしめとなる。