2-1 三鶴
天と地の神々の思いとは裏腹に、長い抗争がつづいた。そんな中、争いを嫌い、集落を出ようと考える人が。
小さくてもいい、争いのない村をつくろう。諦めなければ叶うはず。
コウは夢を叶えるために一人、村を出た。諦めなければ、叶う。そう信じて。
旅立ち編、はじまります。
死んだ爺様が言っていた。爺様の爺様の、その爺様が昔、狩りをしていたと。洞に住み、狩りをしていたと。もしかすると、まだ山の奥で暮らす人がいるかもしれない。
笑われたっていい。殺されるのは嫌だ。死にたくない。殺すのだって嫌だ。山に入り、登って下って、奥へ。沢で喉を潤し、さらに奥へ。
小さくてもいい、争いのない村をつくろう。国なんてつくらなくていい。山の上。泉があれば、その近くの木を切って、田をつくろう。畑もつくろう。諦めなければ叶うはずだ。
血で血を洗い、中井の村が消えた。話し合っても、まとまらなかった。木下の村も消えた。生き残った人は、言った。
「死ねなかった」
「守れなかった」
死んだ魚のような目で、言った。
村を大きく、強くしても、三鶴には負ける。いいようにされる。村を襲い続け、国をつくろうとする。大田の村は、堀を広げた。草谷の村は、矢を作り続けている。他の村も、なにかしている。三鶴がこわい。どこまで欲を出すのか。
わからない。着られればいいじゃないか。食べられればいいじゃないか。住む家があればいいじゃないか。
そりゃ、柔らかい着ものはいい。おいしいものを食べたい。狭いより広い家のほうがいい。だからって、奪うのは良くない。
逃げよう、一人でも。生きよう、あの山で。この村だって、狙われている。早いほうがいい。夜になったら、そっと抜け出して。川をつたって行けば、何とかなる。きっと。
「探せ!ツウを見つけ出せ。」
稲田の村の長が叫んでいる。何があったんだろうと、声がしたほうを見た。となりの兄さんが黙って、うなだれている。
「逃げたのか。」
誰かが言った。小さな、とても小さな声で。そうか、みんな知っていたのか。だから探そうとしないんだ。
「何をしている!探せ、探せ。」
長が怒鳴り散らす。それでも、誰も探そうとしない。たんたんと、田んぼや畑で、働いている。
「聞こえないのか!探せと言っているだろう。」
長が、となりの爺さんの肩をつかんで、大声で言った。それでも、誰も探そうとしない。知っているから。誰を、何のために探すのか。
三鶴の村の長は、とにかく嫌な人だ。できることなら関わりたくない。欲が深くて、心根が腐っている。こんなこと、言うのはもちろん、思うことすら許されないんだろう。けれど、気持ちが悪い。
ギラギラした目で女を見る。嬰児、幼子、娘、母。女なら誰でも。女を見て、舌なめずりする。とにかく、気持ちが悪い。子のオレが思うくらいだ。
三鶴の村と戦になれば、勝っても、負けても、ひどいことになる。畑を焼かれ、田んぼを荒らされ、女は縛られ、男はぶたれる。
勝てば、それで済む。けれど、負ければ。
女は攫われる。連れてかないでと言っても、やめてと言っても、嫌だと言っても。男たちが奪われまいとする。すると、打たれ、叩かれ、殴られる。それでも離さなければ、殺されてしまう。
目の前で好きな人が殺される。女じゃなくても耐えられない。ガタガタ震えながら泣いたり、わめいたり。
「助けられずに死んだ人の、恨めしそうな顔が忘れられない。」
生き残りの人が言った。
稲田の村の長は、三鶴の村の長と取り決めをした。娘を差し出すことで、村を襲わないと。その口固めには、長の娘は含まれない。村の娘なら、誰でもいいということだ。
どこの村にも、弱い人はいる。虐げられている、ということはない。軽んじられている、そんな人たちが。そして、いつだって、知りたいことが知らされないまま、流されてしまう。となりも、そうだ。
きっと、誰も知らない。村の長がした口固めのことを。それでも、いくら弱いからって、いいなりになるのは違う。娘が逃げても探そうとしない。ひとこと、形だけ謝って、ずっと黙っているようだ。
それでいい。村の人たちも、そう思っている。黙ることで、認めている。男たちが下した、それを。




