12-16 分ティ鹿、誕生
『湖で暮らす鱒デス』って顔で泳いでいた、あの魚。山守の呪い祝、テイから切り取られた闇に違い無い。
狸から出たんだろうが、隠し通せると思ったか? その闇をパクンと一口、食らった妖怪が狩山に居る。
山郷の社憑きチロ。喰谷山で死んだ人の思いが融け合って生まれた、闇に恐ろしく強い妖怪だ。
そのチロが山郷神の使わしめ、迅に言うたのだ。『一度、食ろうた闇は忘れぬ』。『あの狸に憑いたのは山守の呪い祝、テイです』とな。
「フゥ。」
食った食った。じゃなくて、どうしたモノか。
「ウンとこドッコイしょ。」
ポッコリお腹に力を入れ、グインと方向転換。
「ウプッ。危ない危ない。」
食べたモノを戻しそうになったが、何とか堪えて苦笑い。気を取り直して望月湖から冷泉川に入り、優雅にスイ、ススイ。
世を忍ぶ仮の姿から有りの儘の姿に戻れば、一っ飛びで到着するのでは? はい、その通り。
実はズッと昔、狩山神に御叱りを受けました。『その姿で過ごせば、この辺りから生き物が消える』と。
「ウン。」
源の泉からピョンと出た明寄。良い感じに凹んだ腹をポンと叩き、御満悦。パタパタと羽を動かし、狩山社へ。
「ただいま戻りました。」
ピュゥン、シュタッ。
「望月湖で闇の塊を見つけました。あの禍禍しさ、間違いアリマセン。山守の呪い祝、テイのモノです。」
見つかった、田龜の妖怪に見つかった。あの感じ、社憑きではナク使わしめ。
「ヴッ。」
第一背鰭がブルルと揺れ、そのまま第二背鰭と尾鰭に伝わった。胸鰭に腹鰭、臀鰭もピンと張ったまま動かない。
鰓蓋だけが忙しなく動き、過呼吸になる。
「急ぎ、急ぉっ。」
絞り弁を全開にして螺旋推進器を動かし、ビュンと急発進。と同時に対象の舌の動きを計算し、湖面スレスレで発射できるよう調整。
「突撃ィィ。」
パカッと開いた吻から、分ティが飛び出した。
四つ足の舌が伸びきるトコロを狙い、気合と根性で突っ込む。
鳴く間も与えず頭部に侵入したが、体が大きく大苦戦。それでも挫けず諦めず猛進し、速やかに脳を制圧。
「鱒、鵟、狸の次はカノシシか。」
分ティ鹿、誕生。
「うん、悪くナイ。」
蹄で地をトン、トトン。ズルル。
「オットット。」
爪先と踵で踏み鳴らして踊った? のは、陸は陸でも滑り崖。
「行くか。」
山守ではナク呼人山の方へ進み、狩山を目指す。
狩山に入る前、冷泉川をタンと飛び越えた。
源の泉まで行くと狩山社から丸見え。ソレを避けるには風の谷から入るか、谷を抜けて入るか。ハッキリ言ってドチラも骨が折れる。
なら初めから、と思いますよね。けれど、そちらの方が難しいのデス。
滑り崖から山守の方へ進むと深く大きく、流れの早い二つの川を越えなければナラナイ。
岩川と滑川が合わさる流連川と、霧の湖から流れる下高川だ。
恐ろしいのは流連滝を流れ落ち、勢いを保ったままドウドウと流れる流連川。川ポチャすれば脱出前に溺死し、分離不可能となる。
運命共同体と言えば聞こえは良いが、相手が鹿じゃ戦えない。