5-36 悪い夢に魘されて
薄暗い中、走っている。誰もいない。一人ぼっち。コウ、コウ、どこにいるの?
グニャリと歪んだ闇から、白い手が伸びる。イヤ、来ないで。コウ、助けて!
走っても、走っても、ついてくる。怖い、恐ろしい。息を切らせる。止まれない、胸が苦しい。
何かに躓き、転んだ。
「キャアァァァァァァァァァァ。」
飛び起きた。
「ツウ。水よ、お飲みなさい。」
「ありがとう、ございます。」
「祝。コウは、コウは。」
「こちらへ向かっています。お休みなさい、ツウ。」
「嫌です。」
「案ずることは、ありません。悪しき妖怪は、祓われました。」
「真ですか。違い、ありませんか。」
「真です。違い、ありません。」
スッと気を失った。しかし再び、魘される。
コウが遠くにいる。手を振っている。何だか、悲しそう。何か言っているのに、聞こえない。
まただわ。グリャリと歪んだ闇から、白い手が伸びる。イヤ、来ないで。待って、コウ。行かないで!
走っても、走っても、追いつかない。涙で目が曇って、良く見えない。コウ、コウ。行かないで。
私を一人にしないで。お願い、コウ。
「コウ・・・・・・コウ。」
「待って・・・・・・お願い。」
「行かないで・・・・・・。」
「かわいそうに。こんなに魘されて。」
「フクさま。その、コウは。」
「あの子は、強い。きっと、帰ってくるわ。」
「そう、ですね。」
「ねぇ、サエ。他の子たちは・・・・・・。」
悪しき妖怪の話は、子の家に暮らす子らも、知っている。知ってはいるが、『そんな話がある』くらいのモノ。
コウが攫われたと聞いて、引っ繰り返るほど驚いた。まさか、あのコウが?
とても落ち着いているツウが、激しく取り乱していた。祝に抱きしめられ、泣き叫んで。
急に怖くなった。どこか、遠くの話だと思っていたのに。
いつもは賑やかな子の家が、ひっそりとしている。誰も、何も言わない。言えない。
悪い夢に魘されるのは、ツウだけではなかった。
「ウワッ。」
「ど、どうした。」
「いや、その。」
「オレも、さっき飛び起きた。」
「そうか。」
「ワアァァァ。」
「水、飲むか?」
「うん、ありがとう。」