11-125 大泉に託そう
シゲさんが言ってた。『怖い』と思ったら逃げる。『嫌だ』と思ったら遠ざける。『恐ろしい』と思ったら近づかない。
死んだら救えないし助けられないから、生きるのを諦めちゃイケナイって。
知らない人に囲まれてチョッピリこわいケド私、良村の子だもん。いっぱい学んでイロイロできて、この足で立って歩けるモン。
悲しければ泣いても良いし、逃げたり遠ざけるのは悪い事じゃない。心を押さえつけても良くナラナイし、ピキピキ罅が入っちゃう。
パリンと割れてもグニャっと歪んでも戻せない。割れたり歪む前に戻らないから、心も体も傷つけちゃイケナイ。
命は一つ。心と命を守ってシッカリ生きていれば、きっと『幸せだな』って思う日が来る。
いつかまた会った時、胸を張って話そう。嬉しかった事、楽しかった事、ドキドキやワクワクを集めなきゃ。
「ねぇ、タエ。」
夕餉の片付けをしながら、思い切って声を掛けた。
「なぁに、タラ。」
前向きに考えられるようになったタエが、明るい声で応える。ニコッとされてドキッとしたが、鼻からスゥっと大きく息を吸い、ユックリと吐き出す。
「野呂は祝辺に人を送らない、強い山だよ。前で戦うのは鷲の目、後ろで戦うのが防人。狩り人とか樵とか、野呂山で学んだ人が溪山で鍛えるんだ。」
パチクリ。
「子でも認められれば行く。男と狩り人が多いけどアッ、織り人とか田人、畑人は違うよ。そういう人は中を守るんだ。」
ビックリした。私、重い物は持てないモン。タケさんは狩り人で鍛えてるから、コノさんより力持ちよ。それでも『重い物は持てない』って言ってた。
コタさんは畑人だけど良村一、守りながら戦える人よ。
シンさんはアチコチで商いするから、知らないトコロにも入れるの。パッと見抜くから入る前に『私、ドコソコの忍びです』って言われるんだって。
「その通り、野呂は強い。」
「村長! こんばんは。」
「こんばんは、タラ。タエ。」
村長からも同じ話を聞いてホッとした。
良山から離れた山に預けられのだから、弱いとは思ってイナイ。忍びも居るしイザとなれば、どこか違うトコロへ逃がしてもらえる。そう思っていた。
でもね、心の隅で思ってたの。『もし何か起きたら』って。
いろいろ有ったなぁ。
母さん父さん、ありがとう。私、生まれてきて良かった。添野で暮らしていた時の事、良く覚えてナイの。でもね、幸せだったのは覚えてる。
豊田に売られて豊野に逃げて捕まって、北山に売られて死にたくなった。大きくなる前に、痛い事される前に死にたいって思ったの。
目から光が消えるのよ。食べなくなって痩せて、でも腹は膨れて苦しむの。
苦しんで苦しんで産んでも、また同じ事を繰り返す。あぁ、産んで死んだ人は違ったな。額の皺が伸びてスゥっとしてた。
北山からは生きて出られない、逃げても逃げても戻される。戻らない人は死んだか、嬲られて殺されたか。
だから釜戸山でマルに会った時、とっても嬉しかったの。良い人に救われて幸せそうで、仔犬まで飼ってた。
私は今でも豊田、豊野、北山を許せない。でもマルやタマ、ミヨに会えて良かった。
良くしてくれた人いっぱい死んじゃったけど、隠になって戻れたよね。会いたい人に会えたよね。
「話してくれて、ありがとう。」
茅野社から託されたんだ。野呂で守ろうと思ったが早いトコ話を纏め、大泉に託そう。
長のミチに祝の力は無いが大泉神の愛し子。タエを守り抜き、導ける。
「はい。お聞きくださり、ありがとうございます。」