11-119 あの山に近づいてはナラヌ
蛍の隠がイッパイ集まって、妖怪になったから強いんだ。えっへん、ピッカァ。
「そんな。」
聞き分けのナイ幼子のように、いつまでもグズグズ言う八。捕らえられ縛られたのに、まだ諦めない。
「ソンナもコンナもアリマセン。アタ、グルグル巻きにして放り込みましょう。」
「そうですね。」
力強く頷き、アタが力を揮う。
「フガッ、ムググ。」 オイッ、ホドケ。
八の抵抗むなしく猿轡を填められ、簀巻きにされマシタ。
「お騒がせしました。」
タカが頭を下げ、謝罪。
「社を通る御許しを賜りたく。」
申し訳なさそうに、アタが願い出る。
御許しが出たので簀巻きを持ち上げ、二隠でテイっと投げ入れた。それから深深と頭を下げ、大人しく祝辺に戻る。
谷河だったから許されたが、他なら『人違いでした』で済まされない。
「八。己が何をしたのか、分かりますか。」
「フゴッ、フゴッゴフゴ。」 ハイ、ワカッテマス。
「フゥゥ。そうですか、そうですか。」
ユックリを息を吐き、ひとつ守が微笑んだ。『思いが通じたんだ』と喜ぶ八を、アタとタカが蔑む。
「『谷河』の子に『小出』の社憑きが付けられた。」
「フフゴフゴ。」 ソウデスネ。
キリッ。
「小出は山裾の地ではナク森の中に在り、熊に襲われる人が多い。」
「フゴォ?」 ハイィ?
「・・・・・・狩りに出るなら二人。子連れなら子守に一人加えて、四人で出ます。」
パチクリ。
「子守ナシだったのは狩りでは無く、人守の術を学ばせるため。その子が足を挫いた。狩った獣を熊に横取りされても、犲は戦わず引く。」
キョトン。
「夏の熊には、狩りの上手い犲でも勝てない。だから引くのです。子を抱えて戦えますか? 守りながら一人で戦えますか。動けない子を置いて、二人で戦うと思いますか。」
「フゴ。」 ハイ。
簀巻きの中でコクンと頷き、キリリ。
「ハァァ。八を喰隠へ。」
「フゴッ! フゴゴフゴフゴ。」 イヤッ! オマチクダサイ。
嫌だ、止めて。喰隠って喰谷山の真中にある、人の世にある隠の仕置場だよね。
人を食らって狩られた獣の檻で、熊が多いんだよね。共食いしてるんだよね。ねぇ、そうだよね。
「よつ守、こちらへ。」
「フゴォォ、フゴフゴォ。」 イヤァァ、タスケテェ。
ジッタンもぞもぞ、バッタンもぞもぞ。
「はい、お呼びでしょうか。」
「フゴフゴォ。」 ハヤイヨォ。
何で直ぐ来るんだ。そんな目で見るな、助けろ。キノ、タカも黙ってないで何か言え!
いぃやぁぁ。ヒョイっと持ち上げないで、お願い。下ろして、下ろしてください。よつ守ぃぃ。
喰谷山は望月湖の北西に位置する、霧雲山で二番目に大きな山。立入禁止区域ゆえ、入山するのは自殺志願者のみ。
中心にある喰隠から、常に呻き声が聞こえる。
いつぞや広く平らな地を求め、山守の民が決死の覚悟で踏み込んだ。
奥に広がる盆地を見つけ狂喜乱舞。山守と山越から多くの民が移住したが、一晩で怪死者が続出。
事態を重く見た祝辺の守は悲劇を繰り返さぬよう、社を通して周知徹底を図る。あの山に近づいてはナラヌと。