11-114 何言ってやがる
気の毒に。守りたい人を守れず、救いたくても救えず、隠になっても忘れられずに嘆き呻く。力が弱いから何も出来ず、見張り続けた。
稲の実りが悪くなっても、己らを殺した山守の民を苦しめられるなら良い。そう考えてもオカシクない。
祝の力が無くても祝として葬られれば、流されるように根の国へ。
目が合ったか、触れられたか。見送れたか、手を振れたか。きっと・・・・・・そのまま別れたのだろう。強い思いダケが残されて、中つ国に囚われてしまった。
隠は何があっても、どんな事になっても隠。中つ国が滅ぶまで鎮森から出られず、苦しみ続ける。
「その隠、どうなった。」
大泉神に尋ねられ、使い犲が平伏した。
「『とつ守に見つからぬよう、鎮森の奥に籠ります』と言って、スッと消えました。『鎮野なら』と思ったのでしょう。」
「そうか。」
思い通り、か。
大泉神は亀に、心の中で仰った。『山守の動きを探れ』と。亀は目を伏せ、コクリと頷く。
社の奥へ戻られたのを確かめてから、犲入りの泡をポンと頭突き。フワッと上げて素早くクルン。割れないように甲に乗せ、ススイ。
泡の中でワンコ絶叫、小さくなってブルブル。水中散歩を楽しむ余裕なんてアリマセン。
湖面に出たのに『帰りたい』とか『もう嫌だ』とか、ぶつぶつブツブツぶぅつぶつ。仕方がナイので乗っけたまま、勢い良くテイッ。
エッサホイサとズリズリ上陸。
「着きました。」
ビクン。
「水から出ましたよ。」
ウルッ。ウルウル、ドッバァァ。
「鎮野まで御送りしましょうか。」
涙腺が緩くなった犲を責めることなく、涙が止まるまで黙って待ち続けた亀。ニッコリ。
「ありがとうございます。けれど、お気持ちだけ。」
そう言って、ペコリと頭を下げた。
心の中では『しっかり仕えて、亀さまのような使わしめにナリタイ』と大騒ぎ。なれるとイイね。
おや? この感じ、何だろう。山裾の地からコチラに向かって、強い力が近づいている。この動きは谷河の狩り人。抱えているのは物では無い、人だ。
「キノ、何を見つけた。」
ゲッ、八。弱って動けなかったのに、何だよ!もう立ち直ったのか。
「いえ、何も。」
コッチ来んな、アッチ行け。
「昔の事は水に流して、睦まじく暮らそう。」
はぁ? 何言ってやがる。
十四代祝辺の守、キノには光の玉を打ち出し、跳ね返りから的の動きや力を推し量る力を持つ。
平良で幸せに暮らしていたのに八に操られ、妻と娘を残して祝辺に移り住んだ。
全ては八が抱いたトンデモナイ望みを叶えるため。キノを思い通りに動かし、役に立つよう用いるため。
好いた娘と契り、やっと授かった我が子と引き話されたキノは人の守になり、ひとつ守に救われるまで妻子が死んだと思い込まされていた。
どんなに嘆いても戻れない。それでも嘆き、苦しんだ。涙が枯れ果て泣けなくなって、山守の民から平良を守る事が妻子の幸せを守る事になると思い直す。
隠の守になった今でも八を酷く嫌っているが、山守と平良で祝の力が弱まっている事を嘆く気持ちは同じ。だが、イヤなモノはイヤ。
八の姿なんて見たくない、声なんで聞きたくない。
「昔の事? 水に流して睦まじく暮らす? 出来ませんよ、そんな事。」