11-113 一つではなく
野比山での訓練を終了した狩り人は皆、滝山に籠って生活する。期間は半年。磨くのは狩りの腕ではナク、戦いながら守る術。そう、軍事訓練である。
因みに野呂の狩り人は、同じ訓練を溪山で行う。
野比は木菟、野呂には鷲の目が居るが、忍びダケでは守り切れない。だから狩り人を鍛え上げ、防人を兼ねさせる。
忍びは前衛、狩り人は後衛。民の暮らしと幸せを守るため、体を張る。
「やっと動きましたか。」
大泉神の使わしめ、亀がチョンと湖面から顔を出し呟いた。プリプリと尾を振って四肢を動かし、潜水するとスイスイ遊泳。
「亀さま、急ぎ御戻りください。」
亀は亀だから『亀』と名付けられた蓑亀の妖怪。子亀の時から大泉神に仕えて天寿を全う? したようで、本亀も気付かぬまま妖怪化。
出不精な大泉神の代理としてアチコチ出向いた結果、変化能力が向上。若者に化けても貫禄たっぷりヨ。
「社から若い犲が飛び出して、溺れてナイのに溺れましたか。」
立派な白髭をユラユラさせ、社憑きに問う。
「はい、その通りです。」
キリリ。
多くは地上に築かれるが集水社、水引社など、水中に築かれる社も在る。大泉社もその一社。
聞かれなければ『湖中に在るヨ』と伝えないので、稀にビュンと出た若いのが驚き、ゴボッと息を吐いてブクブク。
目が覚めた時、魚を見て思う。『あぁ、ふやけてパクパクされるのか』と。
海社では目覚めて直ぐ、気を失う。鯛や鮃は舞を習うのに忙しいので、和邇が側に居る事が多いのだ。
二度、三度つづけば落ち着くが、ドキドキが止まらナイらしい。
「こ、こは。」
泡の中で目を覚ましたワンコ、パチクリ。
「大泉社です。」
「動いた! じゃなくて私、鎮野から参りました社憑きです。」
置物と間違えたのか、ワンコ大慌て。
山守の呪い祝が己を切り、祝辺に。地割崖を越え、泉に投げ込んだと。とつ守に気付かれる事なく、ソレを遣って退けたと。
まぁ確かに、アレに耐えたのは闇に強い鎮野。
水から出るのが嫌で、中から山ごと包んだウチだけ。霧山や嗚山など、山神が御坐すのに広まった。
がな、そうか? とつ守の目を盗んでテイが、呪い祝が力を揮えるとは思えぬ。
山守は毒せても深山、白泉、野呂、野比は難しかろう。清めの力を持つ祝が居るし、湖からも近い。
それに何より月隠れ、真っ暗な中を進めるだろうか。
「御山を苦しめる闇は一つではなく、五つ六つ有ると思われます。判っているのは山越の水筋、祝辺の底、望月湖の三つ。」
山守の民が多く移り住む山越、崖を越えれば行ける祝辺。広滝に放り込めば地涯滝から忙川に落ち、望月湖と深山近くに流れつく。
祝辺の底は、どう考えても・・・・・・。
けれど他に、いや待て待て。山守の祝は祝人、祝女の中から選ばれて就く。闇の力を持つ者も。
月隠れの夜、頂南の清水へ近づけよう。
「捕らえた、その隠。生贄か。」
「はい。雨乞いの生贄に選ばれた娘を救おうと、身代わりを申し出ました。願い届かず骸をバラバラにされ、鎮森に捨てられます。次の生贄になったのが、男が守りたかった娘。」
うわぁぁ。
「降るには降ったのですが通り雨で、渇きに苦しみながら死にました。骸は祝として葬られ、根の国へ。」