11-107 辛くなる前に
野呂の人は焦る。
母から娘に受け継がれる、強い力を持つ子に嫌われた。当たり前である。が、大蛇神が仰ったのだ。『迎えに来る』と。
茅野が選ばれたのは鮎川から近く、イザとなれば舟に乗せて逃がせるから。
馬守の長シキはタエを見知っているし、底なしの湖に流される前に犬が吠えて知らせる。
良村にはマルが居る。馬守と良村は離れているが、近いと言えば近い。
添野も川から近いが豊田の隣、川下なのだ。舟に乗せて逃がしても奪われる。
そのまま流されれれば玉置。宝玉社は玉置の真中にあり、気付くのが遅れる。
飯野は山に近く、逃がしても獣に襲われる。
川まで言って船に乗せても、その先には里も村も無い。鴫川から端川に出て流されても同じ事。だから外された。
飯野神も茅野神も添野神も、娘を守れず死んだ親の叫びを御聞き遊ばし、思い悩まれた。神は見守る事しか出来ぬのか、救えぬのかと。
タエは耐えきれなかった。
急ぎ良村に使いが出され、迎えが来た。大蛇神の愛し子が釜戸山で引き取った仔犬、マルコを連れて。
霧雲山の人では無く良村か、獣谷の隠れ里の大人に頼んで大泉へ連れて行く。初めは、そう決まっていた。けれど山守の呪い祝、テイの企みにより大荒れ。
雷獣やら何やらイロイロあり『もう見ていられない』と相成る。
コンコン。
「ミオさま、狩り人のヒロです。お呼びと聞き、倅を連れて参りました。」
「はい。どうぞ中へ。」
オウでは無くヒロを呼んだのは、男より女の方が良いと考えたから。タラを連れてくるように行ったのは、タエと年が近いから。
「この子はタエ。祝辺から隠すため、ウチで預かります。生まれは添野よ。」
「はじめまして。良村から来ました、タエです。」
ミオから紹介され、ご挨拶。
「はじめまして、ヒロです。この子は倅のタラ。」
「はじめまして、タラです。狩り人です。」
・・・・・・かっ、カワイイ。
「タエ。」
「はい、大蛇様。」
背負子を背負い、水筒と手提げ袋を持って外に出た。前にはフサ、後ろにはクル。クルの背にシナが乗っている。
二妖一隠、揃って臨戦態勢。いつでもイケルぜ!
大蛇もシュルシュル退出。居残り組? は額を集めて相談する。コレからドウする、ドウしよう。
「辛くなる前に言いなさい。」
「はい、大蛇様。」
「タエもマルも良村の子だ。」
パァっ。
「ハイ!」
良村ってドコに在るんだろう。衣も持ち物も履物も、あんなの見た事ナイ。とっても豊かで良い村なんだろうな。
大蛇様って神様でしょう? 赤目で白い生き物は神様だって、父さんが言ってた。
マルって誰だろう。
頬っぺがパァっとなったから、エッ。いや待て待て。女だろう、どう考えても女だよな。うん、女に違い無い。きっと仲良しなんだ。
「タラ、タエを頼む。」
「ヒャイ、大蛇様。」
オッとイケナイ、ボンヤリしてた。
「クル、フサ、シナ。山守と望月湖には近づくな。テイが潜んで居る。」
「ハイ、近づきません。」
キリリ。
守り袋を衣の上から握り、大蛇を見送ったタエ。なるべく早く大木を探して、鎮野の人と話そうと決めた。