11-105 放してやれ
鎮野から滝山経由で野呂入りした、タエの姿を見た者は居ない。
強力な清めの力を持つ水神界の重鎮、やまと一の水神でも在らせられる大蛇神の背に乗って入山したのだから、当然? いえいえ。
はじまりの隠神ですが、全知全能ではアリマセン。
幾ら何でも一柱では無理。事が上手く運ぶよう、前もって関係各社に話をつけました。
趣旨に賛同し、協力したのは飯野社、茅野社、添野社、小出社、釜戸社、大実社、野呂社、野比社、谷河社、大泉社、鎮野社。
モチロン和山に御坐す治め隠、根の国に御坐す伊弉冉尊にもバッチリ根回し済。
人の世も隠の世も中つ国に在るので、祝の力を持っていれば生者でも行き来できる。けれど、中つ国と根の国を出入りすれば? 良くて始末書、下手すりゃ極刑。
タエに傷一つ付けず、生きたまま野呂に送り届けなければマルが泣く。
『ずっと良村に居れば』とか『あの時、引き留めていれば』と己を責め、衰弱死するカモしれない。
難易度が高すぎてクラクラするが、全ては愛し子の笑顔と健康、幸福を守るため。何が何でも成功させる! と本気を出した赤目の白神、クワッ。
「着いたゾ。」
野呂社の前でタエを下ろし、蜷局を巻く。フサ、クル、シナから荷を受け取り、ヒョイと担いだ。
良村の背負子は丈夫で頑丈。体の大きさに合わせて作られているので、重い荷もラクラク運べる。人用も犬用もノリ特製。
『使い古しでも良いので譲ってほしい』と、アチコチから注文殺到。
「良い品だ。」
良村の、いや早稲の生き残りは皆、子や女を見る目は優しい。違いが判る男は控え目に言って、手負いの獣。近づいてはイケナイ。
良村では犬飼いを除き、一人では山に入らない。大人の目が届かない場所には行かないし、犬にも守られているので、獣に出くわす事は無い。
けれど万一に備え、身を守る術を学んでいる。
慌てずユックリゆっくり、目を合わせたまま後ろへ下がるタエ。前に出てタエを守る二妖一隠。
「お待ちください! 獣ではアリマセン。私は祝人頭マヨ、この男は山長ソウ。人です。」
山長は野呂山にいる里長、村長の代表。
人の長である社の司が文官なら、山長は荒事に不慣れな社の司を支える武官。猛禽類で譬えると、忍びはフクロウ類。山長はワシタカ類。
「熊男ってダケで人なんデスよ、コワイけど。」
野呂社の祝、タタ登場。
「お待たせしました、タエさま。野呂の社の司、ミオと申します。」
ゼイゼイ、はぁはぁ。
「良村。谷河のが言っていた、強くて豊かな村か。」
ビクッ。
「そう怖がるなっ。」
許可なくタエに触れようとしたソウに、シナがガブリと噛みついた。
隠だが元、社憑き。その気になれば攻撃可能。食らい付いたら離れない、水中に入れられるまで放さない。
姿を見せない『何か』と違い、スッと姿を現した獣二体。
低く唸るクルが他の犬とは違う事、青い炎を操るフサが妖狐だと気付き、焦る。
「御鎮まりください、皆さま。」
ミオが叫び、平伏す。
飯野神、茅野神、添野神が社憑きを放ち、人の子に憑けたと伺った。
ソウの足に食らい付いているのは恐らく、飯野の社憑きだった川亀の隠。犬は添野、狐は茅野の社憑きだった妖怪。
「ソウ、来い。」
マヨがソウの腕を掴み、グッと引き寄せた。
「ミオさま。川亀さまに水を、こうビシャァっと。」
「なっ、タタ!」
祝人頭に叱られ、ショボン。
「食い破る前に放してやれ。」
大蛇神の仰せに従い、カパッ。シャカシャカ下がった。