11-102 行ってらっしゃい
朝の山歩きから戻ると犬を撫で、イノシシの毛で作った櫛で梳く。キレイになったら手を洗い、犬用の器に水と餌をイン。
『お食べ』と言うと『ワン』と吠え、美味しそうにモリモリ食べるワンコたち。
タエは犬を飼ってイナイので、いつも通り御手伝い。出来上がったら皆で仲良く、朝餉をいただく。
良山は冷えるのに作物が良く育ち、山の幸にも恵まれている。鶏を飼っているので新鮮な卵、広く商いも行っているので海の幸も楽しめちゃう。
良村の粥は具だくさん。とっても美味しい。
「おかわりぃ。」
ペロリと平らげたチビッ子が、匙を置いて器を出す。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
幸せそうにモグモグ。
良村は子が多いので真冬を除き、日除けの下で食事する。
魚を三枚に下ろすように丸太を縦に切り、板材は他に。残りで家具を製作。机も椅子も兼用で、傷めばバラして薪にする。
食卓であり作業台でもあるのだ。上に乗れば叱られるし、机に腰掛けても叱られる。
良村の大人たちにとって、子は親から託された宝。
己を犠牲にして子を守り、散ったのだ。何が何でも守り抜き、慈しみ育てる。それが生き残りに出来る、たった一つの恩返し。
「嫌になったら言うんだぞ。」
「体を壊さないようにね。それと、疲れたら休むのよ。」
「はい。コタさん、コノさん、ありがとう。」
背負袋には衣類の他に、防寒用 鞣し革、薬、食器といった生活必需品に米、塩、蜂蜜、干し肉などの保存食。
竹製水筒には、良山の美味しい水が入っている。
「重くないか?」
「はい、カズさん。ありがとう。」
チョッピリ重いケド、皆の思いも詰まっているからね。私、重くても背負いマス!
「背負子も持ってけ。」
「ありがとう、ノリさん。」
袋の紐が細いから、『食い込みそう』って思ってたの。嬉しい。
「これ、みんなで作ったの。」
カエが代表して、畳まれた薄布を手渡す。ソレを開き、思わずウットリ。
「わぁぁ、お花みたい。ありがとう。」
赤や紫に染められた鮮やかな布は、絹のように柔らかく軽い。
タエが山を出る時に渡そうと、心を込めてコツコツ作り上げた逸品。幅があってシッカリしているので、肩掛にも腰巻にもなる。
「コレも持ってけ。」
ソラが代表して、手提げ袋を手渡す。中に入っていたのは、丁寧に作られた沓。
「嬉しいわ、ありがとう。」
板を浅く抉った木製の物が一般的だが、良村の沓は違う。
底は木を短冊状にし、簾のように編み列ねて成形。足を覆う皮を縫い付け、中に平らに、綿を詰めた麻布を入れたら完成。
弥生時代に沓なんてナイ? いえいえ。
『魏志倭人伝』に人びとは裸足でアルとか、手づかみで食べるトカ書かれてマスが大違い。
青谷上寺地遺跡からは木製のスプーン、吉野ヶ里遺跡からは木製の履物と思われる遺物が出土してマス。
つまり、匙も沓も有ったんです!
「皆さん、今まで御世話になりました。私ずっと、ずっと忘れません。ありがとう。ありがとうございました。」
良村の皆に深深と頭を下げ、感謝の気持ちを伝える。
「タエ、行ってらっしゃい。」
「はい、シゲさん。行ってきます。」
笑顔で手を振り、タエが旅立った。