11-101 ステキな上書
ずっと闇の中に居た。
マルがフラフラ立ち上がり、吸い込まれるように出て行った。
戻らない子は死ぬか殺され、捨てられる。戻る子は引き摺られながら、痣だらけで放り込まれる子も居たな。
あの時は頭がゴチャゴチャしていて、何も考えられなかった。先読しても悪い、辛い苦しい、嫌な末しか見えなくて。
北山から釜戸山に移ると聞かされ『あぁ、そうか』と思った。
どんな山か知らないケド、同じ扱いを受けるだろう。ココを出ても育てば縛られ、痛い事をされる。孕んだら産まされ放っとかれ、生きるか死ぬかの繰り返し。
どうすれば死ねるんだろう。マル、死ねたかな。また会えるかな。そんな事をボンヤリ考えながら、ミヨとタマに手を引かれて出た外は暗かった。
やっと出られたのに、ちっとも嬉しくなくて驚いた。もしかしたら私、壊れたのかな。死んでるのかな。
「わぁぁ。」
木が、緑がキラキラしてる。風がサワサワと吹き抜けて、心も体も清められてゆく。そんな感じ。
「タエ、覚えてる? 黄色く光る雲。皆には大きな雪雲にしか見えなくて、ビックリしちゃった。」
「『キラキラがフワフワ』だっけ?」
「ふふっ。あの雲ね、霧雲山に光を落したの。」
あの少し前、先読の力で良く分からないモノを見た。
母さんに似た人が鏡、光る珠と剣を体の中に入れた嬰児を産む。その子には朝日のように輝く髪と、夜空のように輝く瞳を持つ美しい、人の姿をした何かが。
「山守も祝辺も、あの光を受けた子を探している。強い力を持つ子もね。」
「そう・・・・・・。」
「私は、触れなきゃ清められない。離れてちゃ守れない。でも聞いて。鎮野社の継ぐ子には、木の声が聞こえる『木の子』、風を操れる『風の子』、心の声が聞こえる『声の子』が居るの。」
「まぁ。」
「その子たち、力を合わせて魂を飛ばせるのよ。」
「エッ。」
「祝辺の守に出来るんだもの、驚くコトないわ。」
そう、なのかしら。
「霧雲山の外は難しいケド、中なら移れる。だからね、動けなくなる前に逃げて。鎮野には山守も祝辺も手を出せない。山守や祝辺にとって大泉や野呂、野比よりコワイから。」
「コワイの?」
「山守や祝辺に狙われて、逃げた人なら受け入れられる。さぁ、目を閉じて耳を澄ませて。」
マルと手をつないだまま、タエが目を閉じた。
サワサワ、サワサワサワ。フワッ。
「おはよう、良い朝だね。満です。」
「鎮野社から御届けしてマス。舞です。」
「逃げ込むなら、大泉か鎮野だよ。紅です。」
エッ!
「霧雲山は大きな山の集まりで、一つじゃナイんだ。」
「どの山か知らないケド、着いたら大木を探して。」
「離れていても判る。良いのが憑いてるネ。」
サワサワサワァァ。スッ。
「駆けつけられないケド私、どんなに離れていてもタエを思っている。タエの幸せを願っている。だからね、困った時は鎮野を頼って。きっと力になってくれるわ。」
「マル・・・・・・。ありがとう、マル。ありがとう。」
死ぬ気で逃げたマルが谷河の狩り人に保護され、やっと良い方へ転がった。救出され釜戸山から茅野、良村へ。
崩壊寸前だったタエの心が少しづつ軽くなり、狭かった視界が開ける。
過去は変わらない。変えられないが記憶は薄れ、上書される。
良村での平和で幸福な日常。希望に満ち溢れた瞳、優しい笑顔。キラキラ輝く全てに彩られて。