11-98 思いは一つ
『段段畑に行く』と言って石の洞に入り、タエにピッタリの石を探していた。
川にある赤い石にも、清らで強い力が入っている。けれど、石の洞にある石より弱い。
タエが生まれ持った先読の力は強くて脆くて、女にダケ受け継がれるモノ。深くなる事はあっても消えない罅がピシピシ入って、いつか心を壊してしまう。
だからタエを守って清めてくれる、清らで強い守り石が要るの。
大実社から隠の世に入っても、私の足じゃ霧雲山まで行けないわ。
声を殺して泣くタエを抱きしめたり、守るには飛んで行かなきゃイケナイの。でも私には、そんな力は無い。
だから御願い、タエを守って。
「タエ、いつでも戻っといで。」
カンの鋭い愛犬家、狩り人のタケが微笑む。
「嫌になったら社の誰かを捕まえて、『良山に戻りたい』とか『良村に戻りたい』って言うのよ。」
薬と毒に詳しい畑担当、コノがタエを抱きしめた。
「人に言えなきゃ犬に言え。犬は賢いからな、話を聞いてくれる人を連れて戻るぞ。」
自他共に認める愛犬家、釣り人のノリが言い切った。
霧雲山は他の山と違って、ホイホイ入れる山じゃない。どんなに備えていても許し無く入れば、スッと引き込まれ戻れない。
『生きたまま魂を刻まれる』とか『隠になっても、生まれた地に戻れない』とかイロイロ言われているオッソロシイ山だ。
鷲の目や木菟、谷河の狩り人も言っていた。
霧雲山は一つじゃない。いろんな山がギュッと集められ、アチコチに谷とか湖がある危ない山だと。
「オイオイ、落ち着け。」
良村の長シゲ、苦笑い。
「そうだぞ、眠れなくなる。」
樵のカズも苦笑い。
タエは『眠っている間に籠に入れ、落さないように運ぶ』と聞かされ驚いた。明るいウチだと危ないのか、困る事があるのかと考え、先読。
眠ったままだと起きた時、涙が止まらなくなる。起きたままでもイロイロあるが、心が乱れる事は無い。
大蛇神の御力で守られるので、吹き飛ばされたり落っこちたりシナイ。高いトコロはコワイけど、マルが『楽しかった』と言っていた。
だから怖くない、と思う。
思い切って『夜ではなく朝、笑って発ちたい』と伝えた。
皆に見送られ、手を振って発ちたい。良村の子として胸を張り、霧雲山の土を踏みたいから。
「ねぇマル。明日の朝の山歩き、ついて行って良い?」
「良いわよ。ね、マルコ。」
「ワン。」 イイヨ。
明日、良山を離れる。朝餉を食べて片付けたら、大実社を通って隠の世へ。
『隠の世を通る』と聞いて、初めは怖かった。けれど今は怖くない。雲井社の禰宜のように、隠の世で暮らす人も居る。
大貝山の統べる地に隠の国が建てられるまで、人の世では生きられない人を受け入れていた。そう聞いて思ったの。
もう会えなくても私は私、強くならなきゃって。
「よぉし、夕餉にしよう。」
良村の外交担当、シンが明るい声で言う。
「そうだな。煮豆、団子も作ろう。」
罠を張るのが上手い田んぼ担当、コタが張り切る。
「肉、焼くか。」
無口で強面だが優しい狩り人、ムロがポツリ。
「良いな。」
銛も扱える釣り人、センもポツリ。
みんな明日、タエが山を出ると知っている。それでも笑っているのは辛い時、悲しい時に思い出して欲しいから。
良村で過ごした、楽しく幸せな日日を。