11-95 祈りを込めて
遅い! 遅すぎる。アレだけ放ったのに一隠も戻らぬとは。ナゼだ、何が起きている。
良山を守っているのは鴫山社の祝女、マルの孫に違い無い。
神が御隠れ遊ばし、空になった北山社で産まされた子の一人。祝の力を生まれ持ち、はじまりの隠神の愛し子になったのだ。他の子とは違う。
山ひとつ清め、守るくらいの事はする。
「八よ、少し良いか。」
ゲッ、とつ守。
「ヌシにつけた社憑き、身も心も疲れ切って居る。隠は死なぬが、働き過ぎれば倒れるぞ。」
ハッ、代りなど幾らでも居る。使い捨ての何が悪い。
「野の草も花も、引き抜けば弱る。根を張る事もあるが、幾度も引き抜けば枯れる。」
ソレがドウした。
「八よ、社憑きを減らす気か。」
コイツに有るのは草木と話す力。他の生き物とは話せぬ、考えも分からぬ。
「私には分からぬが、どうだ? スミ。」
エッ。
「『代りなど幾らでも居る』『使い捨ての何が悪い』『ソレがドウした』『コイツに有るのは」
「待て! 待て待て待て。」
十三代には不安を増幅させ、心を操る力が有る。十代は身近に緑があれば安定するので、精神操作系の力は効かない。
つまり十代と十三代の能力は、相性が頗る悪い。
とつ守を嫌う理由は他にも。
山守ではなく霧山の生まれなのに、人の守に望まれて祝辺に来た事。霧山神の使わしめ、ホッホから羽を貰った事。そして何より、真名で呼ばれぬ事。
人の守は死後、祝の力を保持したまま隠となる。なのに初代から十代は別格。同じ隠の守なのに名を呼ばれず、管理・監督の任に当たる上級管理職。
とつ守の全てが羨ましくて仕方ない。
十一代の美は『死ぬまで満ち足りた日日を送れますように』、十二代の愛は『愛おしい娘が幸せに暮らせますように』と祈りを込めて命名された。
二隠とも親から貰った名に誇りを持っており、真名を使えぬ先進を気の毒に思っている。
『八男だから』というアッサリした理由で八と名付けられた十三代は、嘘でも『矢のように真っ直ぐ育つように』とか、『強い狩り人になれるように』とか言われたかった。
ポンぽこ生まれる弟妹を世話しながら、少年は誓う。祝社の継ぐ子になって、祝辺の守になると。
「八よ、良く聞け。良山の子は大蛇神の愛し子。手を出せばドウなるか、分かるな。」
とつ守の目がギラリと光った。
「祝社の継ぐ子は弱くはナイが強くもナイ。このままではイケナイと、思い・・・・・・。」
鋭い嘴、体のわりに短い羽角。間違い無い。とつ守の後ろに鷲鵂が、霧山神の使わしめが居る。
「何だ。何がイケナイのか、聞かせてもらおう。」
借りて来た猫、いや違うな。蛇に睨まれた蛙のように、八が地に這い蹲う。
恐ろしさのために身が竦み、動けなくなったのだ。
「良山から、マルの孫から手を引きましゅ。お許しくだひゃい。」
噛んだ。二度も噛んだ。
霧山神の使わしめ、ホッホは清を我が子のように愛している。
強い力を生まれ持ち、草木の声が聞こえる継ぐ子。育てば禰宜になると思っていた。なのに人の守に望まれ祝社へ。その後、とつ守に。
人だった時、清には先読の力が有った。
己が霧山に残ればドウなるか、その末を見たのだろう。泣き出しそうな顔で『祝辺へ行きます』と言い、ニッコリ笑ったのだ。
ホッホは己の羽を抜き、清に贈った。守るために。