11-92 悪いが耐えてくれ
いつか良村を、良山から出る日が来る。分かっていた事なのに私、とっても怖い。
添野に戻っても父さん、母さんも居ない。
幸せに暮らしていたのに先読できると知られ、豊田に売られた。夜まで待って豊野に逃げて捕まって、北山にポイと売られた。
あの時は器が小さくて、何にも見えなかったの。
釜戸山から茅野に移り、ピキピキと罅が入った。耐えられなくなった時、良村から迎えが。
良山に入って直ぐ、スッと軽くなって・・・・・・マル。私マルから離れて、良山から離れても生きられる?
暮らせるかしら。
「クゥン。」 ドウシタノ。
どこか痛いの? タエ。
マルは嵓の祝とね、お話してるんだ。スゴイよね、岩に掌を当てるダケで心が通じるんだよ。
タキは段段畑、コノは洞の倉に居るね。
「マルコ。」
屈んだタエは頬をペロンと舐められ、小さく微笑む。
涙がポロポロ流れ、止めようとしても止まらない。マルコを抱きしめて直ぐ、啜り泣く。
怖い、こわい怖い恐ろしい。判ってる。私は良山を出て霧雲山、野呂から大泉へ移り住む。
幾度も試した。変えたくて幾度も、幾度も幾度も。択んでも選んでも末は同じ。でも私、ずっとココに。良村で暮らしたいよ。
どうしよう、震えが止まらない。
婆さまも母さんも、娘を逃がすために戦って死んだの。爺さまも父さんも、体を張って守って死んだ。殺されたのよ、みんな。
私もね、娘を逃がすの。
母から娘に受け継がれる力は、他より強いんですって。だから祝辺に、隠の守に狙われる。
「タエ。」
「・・・・・・マル。マルぅ。」
膝をつき、幼子のように手を伸ばす。
噎び泣くタエを黙って抱きしめ、その背を優しくポンポンした。
「クゥゥ。」 ナキナサイ。
いっぱい泣けば良いんだよ。泣いて泣いて、心が軽くなるまで泣けばスッキリする。
ボクもね、釜戸山に居た時は重かった。マルにギュッとされてスッとなって、そりゃもうビックリしたよ。
穢れを清める時、塩を盛るでしょう?
塩はショッパイ、涙もショッパイ。だからね、涙は心に溜まった悪いのを清める水なんだ。どんどんドバドバ流しちゃおう。
「ウム。」
こりゃマズイ。背に乗せて運ぶツモリだったが、眠っている間に籠に入れて運ぼう。
谷河を出たのが森を抜け、小出に入った。小出神の御力により隠され、離れで知らせを待っている。
小出社には祝が居らず、山守や祝辺から見向きもされぬ。囮を隠すには持って来いの隠れ里だ。もう動き出している。
今から変えれば気付かれる。だからな、タエ。悪いが耐えてくれ。
「大蛇神、そろそろ。」
小出神の使わしめ、青白が首を垂れる。
青白はゲンジボタルの隠。体力は無いが通力は強く年中、昼夜を問わず発光可能。蛍火で幻を見せ、敵を攪乱する事が出来る。生者より死者、特に隠に有効。
因みに谷河の子、ノブを護衛しているのは社憑き夜光。無数の蛍の隠が融合し妖怪化。体力気力光度も青白より強いが、通力は並。
「分かった。」
大蛇社から小出社へ。
祝辺は隠を削減する気らしい。ならば叶えよう。
「大蛇神、お待ちください。」
「ん、なぜ止め為さる。」
「アレは社憑き。隠は隠でも、隠の守とは違います。」
隠の守と違い祝の力を喪失。霧雲山の統べる地からは出られないが、霧雲山からは出られるので情報収集員として働く。
体力気力ともに最弱、通力は無い。




