5-31 嫌な予感ほど、当たる
乱雲山は、厚い雲に覆われている。心をゆるめると、谷底へ真っ逆さま。
慕い恋するツウのため、ツウと幸せに生きるため、入り組んだ山道を、確かめながら進む。
霧雲山、乱雲山、天霧山。霧雲三大霊山の中で、最も強いのが、霧雲山。霧雲山を守るのが、祝辺の守。その言の葉は、重い。人も妖怪も、誰も、逆らえない。
祝辺の守は、一人ではない。人としての生を終えても、強い力を保ったまま、霧雲山を守りつづける。その魂は美しく、決して歪まない。
コウは気づいていた。霧雲山ではなく、乱雲山に来たのは、祝辺の守が決めたから。
ツウには、今は眠っているが、何かの力がある。オレはツウを守るために、稲田の村を出た。そうとしか思えない。
昔から知っている。
優しいな、とは思っていた。好きか嫌いかと問われれば、好きだと答える。それくらいにしか、思っていなかった。
稲田の長が、三鶴の長と組まなければ、ツウは村から出なかっただろう。
ツウを稲田から乱雲山へ。そのために遣わされたのが、オレ。そんな気がする。でも、ただの遣いで終わるつもりはない。
オレはツウが好きだ。ツウと幸せになる。たとえ祝辺の守に逆らうことになっても、変わらない。ツウと生きる。
『ほぉ、たいしたモノだな。あの歳で、そこまで。でも、諦めろ。オマエは、妖怪になる。妖怪は良いぞ。ヒサは、まぁ、何だ。受け止めてやれ。』
「コウ、止まれ。」
「はい。ヒロさん、この霧・・・・・・。」
「ああ、いつもと違う。この山で生まれ育ったが、初めてだ。妖怪の、良くない振る舞い。いや、ただの妖怪じゃないな。悪しき妖怪の企みだ。」
「悪しき妖怪?」
「乱雲山は厚い雲に覆われ、雷が走り、人を惑わす山だ。つまり、妖怪が多い。雲井神の使わしめ、ゴロゴロさまが束ねておられる。しかしな、墓場に葬られた妖怪が目覚め、悪さをすることがある。」
「悪さ、ですか。」
「長になった時、聞かされた。なかなか無いが、隠の世。妖怪などが暮らす国や、妖怪の墓場へ、引き込むらしい。」
コウには、ジロ譲りの才がある。当人は『力なんて持っていない』と言うが、確かにある。何があっても、コウなら切り抜けるだろう。しかし、妖怪。それも墓場の妖怪なら・・・・・・。
「そうだ、矢光の長よ。人が妖怪に敵うことなど、有り得ない。コウはもらう。悪く思うな。」
・・・・・・え?
「コウ。コウ、どこだ、コウ。」