11-87 今すぐ応えろ
真直が流を先導し、タッタと険しい崖を進んでゆく。二妖とも鹿や山羊のようだ。
嗚山も霧山も輪の中に聳えるが、山守との間には深い谷がある。
激流の上に渦巻く風は夏でも冷たく、水に落ちれば命を失う。歩いて渡る事も飛び移る事も出来ない。
シズエと待ち合わせたのは、山守の大崖と山越の間に生えている桜の古木の上。
「お待たせしました、シズエさま。」
九尾の妖狐が大枝に腰掛け、微笑んでいた。
「お久しぶりです、流さま。真直さま。」
桜の上で作戦会議を開く三妖怪。
大祓したいが、テイの分身は二つとは限らない。呪い祝でも祝は祝。清らな力を取り込んで、地に深く潜るだろう。
山越の西に潜む『何か』は眠っているのか、全く動かない。東に潜む『何か』に体を奪われた雷獣は、人の心に蓄えられた闇を吸い込んでいるようだ。
「では、参りましょう。」
「はい。」
「宜しくお願いします。」
先頭は犲の妖怪、真直。後尾は狐の妖怪、シズエ。真ん中に猫の妖怪、流。三妖とも音を立てずに歩を一にして目的地へ向かう。
急斜面を縫うように進み、岩場に到着。
目の前に現れたのは紫色の炎を纏い、大口を開けて闇を集める雷獣一体。晴天なのに風雨の中に居る時のように荒荒しく、フカフカの毛からビリビリと雷を出しているようだ。
「ありゃ死んでるニャ。」
いつ死んだのか分からない。けれど骸が腐らず動いているのは、テイから切り離された闇が強いからだろう。
「雷の落ちドコロが悪かったのだな。体を『乗っ取られた』のでは無く『奪われた』雷獣は、言い付けを守ったダケなのに命を散らし、当ても無く移ろうのか。」
流の爆弾発言にドキッとした真直が語り、涙する。
「ではチャチャッと。私は、コレで。」
シズエが微笑みながら、ポポンと狐火を出した。三妖が見合い、動き出す。
真直が背後に回り、退路を断つ。と同時にシズエが狐火を高速展開。
イキナリ囲まれ、驚いたソレが目を剥いた。グワンと首を動かし驚愕。『コレはイカン』と前を向き、流に襲われる。
身を翻して避けたものの、喉と腹を晒してしまう。
運悪く晴天、曇天と違い光を遮らない。日の光が眼球を貫き、脳天に激痛が走る。
「何が。」
真っ白で眩しいトコロに投げ出された、ような気がする。頭、腹、喉も痛い。
「四つ足。」
アレは山守神の使わしめ、シズエの狐火。後ろで構えていた犲、前から襲ってきた猫も使わしめだろう。
あの猫、確か・・・・・・そうだ! 出雲から畏れ山に行き、神成山に飛ばされた猫又。
「クッ、身動き一つ出来ない。」
思い出せ。
前足と後ろ足の片っぽが地を離れ、後ろに倒れたんだ。日の光、白い筋が目に飛び込んで痛みが。あの筋は猫の爪。喉と腹を裂かれ、何かに引き抜かれた。
「閉じ込められたのか。」
狭くて暗いココは、他の私が閉じ込められている壺とは違う。アチラは月の力が感じるが、コチラは恐ろしく清らだ。
切れない糸、いや水に囚われている。
「マズイ。」
私は他にも。そうだ、西にも切り分けられたのが。
「オイ、応えろ。聞こえているだろう!」
ナゼだ、なぜ黙っている。死んで、はイナイ生きている。なのにナゼなんだ、今すぐ応えろ何か言え。




