11-84 逆さに振っても大丈夫♪
しなやかな体には美味しい肉が隠されている。美味しそうだな、ジュルリ。涎が止まらない。
「ごめんください。」
なんニャの、この感じ。ゾワワワワ。
「お待ちしておりました。」
ジュルリ。
「エッ。」
三人とも今、舌舐りした?
「どうぞ、こちらへ。」
「はい。」
嘗め回すようにジッと見る、祝の力を持つ三人。身の危険を感じた流は人の姿に化け、魅惑の我儘ボディを隠した。
『アタイが欲しけりゃ、その気にさせな』と心の中で往なし、スススと早歩き。
チッと聞こえた気がするが、『気にしたら負けだ』と思い直して微笑む。
用が有るのは祝の力を持つ人では無い。嗅覚が鋭く、臭跡を辿って獲物を探し出すワンコ。狩りの名手、犲の隠だ。
もし人に襲われても、大人しく猫汁になる気は無い。
来るなら来い! 研ぎに研いだ爪で引き裂いてやる。
「ようこそ、靄山社へ。」
熱烈歓迎され、ポカァン。
「出雲では御世話になりました。」
御世話、したっけ。
「お忘れですか? ほら私、バテちゃって。」
「あぁ、あの秋は暑かったですね。」
「はい。」
靄山神の使わしめ、樺はニホンオオカミでは無くシロオオカミの隠。一年の大部分が氷雪に閉ざされている荒野で生まれ育ったので、とても寒さに強い。
縄張り争いに破れ『南方で生活したい』と思いながら死亡。
隠となって海を渡り、やまとに上陸するも暑すぎてダウン。涼を求めて高山を目指し、靄山に辿り着いた。
靄山社に就職し、社憑きから使わしめに出世。偶に冰山に涼みに行く。
つまり、暑いのは苦手。
出雲で暑さに負け、グッタリしていた。秋なのに夏バテしたのである。それを助けたのがリビアで生まれ、エジプトで猫生を終えた流。
冷水に浸した布を樺の首筋に当て、落さないように注意しながら背に乗せて山蔭に運んだ。
山に遮られて日が当たらないので、火照った体を休めるのに打って付け。
「あの沢の水、美味しかったなぁ。」
「冷た過ぎず温過ぎず、清らで飲みやすかったですね。」
「えぇ。次の神議りの時、また行きましょう。」
「はい、喜んで。」
キャッキャうふふ。
「あの、そろそろ。」
靄山の祝に促され、ハッとするモフモフず。
禍禍しい何かが東に落ちたのは覚えています。アレ、山越に落ちたのですね。
「ハァ。」
山越は山守から追い出された悪いのや、奪う事しか考えられない人が暮らす山。近づきたくナイなぁ。
「私の事を思いやって、ウゥッ。」
なぜ泣くってエッ、行くのは樺さま?
「祝よ、糸の水を。」
靄山社の祝の力を揮って集めた水は『糸の水』と呼ばれ、悪しいモノを絡めとる事が出来る。
「はい、靄山神。」
「では、こちらに御願いします。」
流が出したのは白泉社の祝が、白泉の土で作った壺。
とても強い清めの力が込められているので、どんなに禍禍しいモノでも閉じ込められる。
つまり白泉の壺に靄山の糸の水を入れ、悪しいモノに向ければシュポンと吸引。逆さに振っても大丈夫♪
山越の東に潜む『何か』を封じ込めるのに最適です。