11-82 昂る感情
白泉神、大泉神、靄山神は霧雲山が水に沈まぬよう、御力を揮われる水神で在らせられる。
大泉は鎮森を抜けねば辿り着けず、祝辺が手を出せぬ地の一つ。
いつも靄に覆われている靄山は、許し無く入れば命を失う。
白泉山は清らで穏やかな山なので、山守の民に襲われる事が多い。
白泉の社の司は水筋を辿る力、禰宜には木と話す力、祝は強い清めの力を生まれ持つが、白泉の民は争いを嫌う。
祝や継ぐ子を靄山社に託す事で山守の民から守っているが、イキナリ仕掛けられれば一溜りもナイ。
白泉神の使わしめケンケンは大の人嫌いで、山守の民を見ると鳴いて知らせる。けれど間に合わず、連れ去られてしまうのだ。
「ケンケーン。」 オヒサシブリデェス。
白泉神の使わしめは雉の隠。オスなので顔が剥き出しで赤く、濃い緑色の胸羽と、長くて美しい尾羽を持つ。
とても華やかな鳥で『ケンケ―ン』と高い声で鳴き、肉が美味いので当たり前のように人に狩られた。
ケンケンに限らず雉は子煩悩。巣の卵を大切にするので、現在でも草刈機に頭を飛ばされるメスが出る。
『朝キジが鳴けば雨、地震が近づけば大声で鳴く』といった予知能力まで有している国鳥なのに、狩猟が許されている何とも不幸な鳥である。
人に狩られたケンケンは隠となり、妻子が天寿を全うするまで見守った。その後、白泉の社憑きから使わしめに出世し、現在に至るのだが・・・・・・。
「うっ、煩い。」
渦風神の使わしめ、流は猫又の大妖怪。だが流に限らず、雉に耳元で鳴かれるとツライ。
甲高いからネ。
「アッ。」
分かれば宜しい。
白泉社で、耳鳴りが治まるまで一休み。それからポツポツ、気になっている事を話し始める。
「ケンケンさま。私、山越の西と東で生き物を見つけました。西のは地の中、東のは洞に潜んでいます。東のは小さかったのですが、少し前に大きくなりました。」
水筋を辿った社の司が切り出す。
「東のは禍禍しい何かで、雷に打たれて岩が割れるまで潜んでいたそうです。」
木から話を聞いた禰宜が語る。
「山守の祝が何かを、岩の洞に閉じ込められていたのでしょう。」
山守の民に狙われている祝が呟く。
「山越の東に潜む生き物が大きくなる前、何が起きたか分かるか。」
流に問われ、社の司が考え込む。
「雷雲。青い空にポツンと一つ、雷雲が見えました。胸がドクンとしたので落ち着こうとして、空を見上げたのです。山守の上だと思いましたが、山越だったのカモしれません。」
「雷が落ちたと。」
「大きかったので気になって、水筋を辿りました。雷が落ちたかドウか分かりませんが、雨がドッと降ったのは確かです。」
当たりだニャ。
海を越えた雷雲、あのまま霧雲山へ。山守ではニャく山越に雷獣を落した。狙いは偵察。新帝が、いや違う。倅を溺愛する母の独断だ。
老い先短い身、急ぐ事など無かろうに。
まぁ良い、苦しめ。
獣望も統治能力も無いのに王位を奪い、死に追いやった兄一家の影に怯え暮らす日日。母まで亡くせば嘸かし寂しかろう。
孤独に耐えかね自害を試みるも、恐怖に慄き失敗。全身の毛が抜けツルッツルのまま発狂し、幽閉されるのがオチ。
後は幽閉され、その時を待つ従弟が何とかするだろう。
「流さま?」
悪ぅい顔して笑うニャンコに一同、ドン引き。