11-79 疑念
イヤだ嫌だイヤだ、ここから出せ。
狭い暗い、息が苦しい。どんなに叫んでも暴れても、ビクともシナイこの器。残った力を残らず激しく打ち当てても傷一つ、罅一つ入れられない。
悔しい恨めしい。ガラガラ崩れそうだ。
「オイ、聞こえているだろう。」
・・・・・・。
「何とか言え。」
・・・・・・。
「主の呼び掛けに応えろ。」
己を切り取り植え付けた。
腰麻の四姫だった、何の力も持たぬ妖怪にも出来た事。アレはシクジッタが私は祝。上手く運ぶ、思うように進むハズ。
テイの、呪い祝の思い通りにサセナイ。
このまま動かず、力を使わないで待つ。どんなに禍禍しくても真っ黒でも、チラリと見たダケで消して無くせる強者が現れるまで待てば良い。
きっとテイを、あのバケモノを片付けてくれる。
『落ち着け、ウロ。』
そうね。ありがとう、ヴァン。
地の中に開いた大穴に、雷を操る何かが潜んでいる。狙いは山守か祝辺、霧雲山か。
先見や先読の力を持つ守が騒いでいるが、外から来る娘だ。木菟も鷲の目も、谷河の狩り人も隠そうとする。
木菟は野比、鷲の目は野呂。谷河の狩り人は従うが表向き。
「フッ。」
人の守は霧雲山の統べる地の長、隠の守は霧雲山の統べる地の楯。が、どんなに強い力を持っていても中から崩れる。
隠の世は知らぬがな。
「とつ守が笑った。」
ヤカマシイ!
「とつ守が睨んだ。」
ハァァ。
「とつ守が」
ゴンッ!
「ワァン、お尻が二つに割れたぁ。」
ゲンコツを食らわしたがな、ソレは違うぞ。
「尻は初めから二つに割れている。それより、みつ守。尻が痛いならナゼ頭を押さえる。」
「エヘッ。とつ守の声が聞こえナイの、どうして?」
「ん? あぁ、スミか。」
生き物の考えを読む力を持つスミにも、とつ守の考えは読めない。他の守の考えは読めるのに、ドウしたって読めないのだ。
十代は九代に望まれ、祝社に入った。けれど祝辺より鎮森で過ごす事が多く、人の守になっても隠の守になってもソレは変わらない。
今でも霧山神の使わしめ、ホッホの羽を離さずに持っている。
「スミがね、言ったんだ。『あの羽には時を止めるか、時を超える力でも有るのか』って。」
モチロンそんな力は無い。
「スミ、出てこい。」
とつ守に呼ばれ、オロオロしながら出てきた。
「誰に言われた、何が狙いだ。」
「とつ守。霧雲山を崩す、崩そうと御考えか。」
「私は霧山の生まれ。山守が崩れると谷が埋まり、水が噴き出すでしょう。困るのですよ。霧山には人と、多くの獣が暮らしていますからね。」
山守と霧山の間には恐ろしく深い谷があり、風の渦が生き物のように動き続ける。
平良とも離れているので霧山に入るには、腰に縄を巻いてから切り立った崖を下りなければ辿り着けない。
谷の底には氷のように冷たい水がゴウゴウと流れており、川面を滑る風は鋭い剣のよう。
水に入れば足を取られ、熱を奪われるのだ。歩いて渡る事も飛び移る事も出来ないので、山越を下りて遠回り。
それでも命懸け。
「とつ守、その羽は何ですか。どんな力が込められているのか、教えてください。」
「霧山神の使わしめ、ホッホさまの羽です。力など有りませんよ。霧山を離れる時、いただきました。」