11-78 怪獣の正体
あんな生き物、見た事が無い。恐ろしい姿なのに、どうしてかしら。ちっとも怖くない。
「タエ、朝だよ。」
ここは良村、女の子が暮らす家。
「おはよう、マル。」
朝の山歩きから戻ったマルが、タエを起こしに来た。マルコはオスなので、家の外で待っている。
夜なら護衛兼、守衛として中に入る。飼い主であるマルが外に出たら、他のコが起きて出てくるまで中には入らない。
ワンコでも紳士。ちゃんと弁えてマス。
「お水、飲む?」
魘されたり飛び起きたりシナカッタので、悪い何かを見たんじゃナイ。けれど汗ばんでいる。だからチョッピリ怖い『何か』を見たのでは、と思った。
「うん、ありがとう。」
水差しから器に注ぎ、タエに手渡す。コクコクと飲み干しフゥと一息ついたタエの背を優しく摩り、微笑んだ。
「ねぇマル。水筋が多くて冷たくて険しくて、こうギュッとしていて、風が渦を巻く御山、知らない?」
「・・・・・・霧雲山、かな。険しくてギュッとして風がグルグルしてるのは月見山とか天立山とかイロイロあるけど、寒いのは天霧山や乱雲山、魂食山。水筋が多いなら霧雲山だよ。いつも霧に包まれてジメジメで、氷みたいに冷たい風が吹くんだって。」
隠の世、流山で暮らすコンコンず。嫌呂と悪鬼から聞きました。
「霧雲山って寒いんだ。」
寒いトコロは食べ物が少ないんだよね。あっ、でも良山は違う。良山も寒いけど木の実にキノコ、田や畑で作るモノも良く育つ。
「霧雲山を統べ為さる山守神は山の神で、水の神でも在らせられるの。女神様なんだって。」
へぇ、そうなんだ。
「良山に御坐す大実神も山の神で、豊かな穣の神でも在らせられるの。大蛇は隠神で水の神。二柱とも男神様だよ。」
「ワン。」 マルゥ。
待ち草臥れたマルコが、お座りしたまま一吠え。
女の人は髪や衣を整えるのに時が掛かる。だから待つよ、お外で待つよ。でも・・・・・・何かあったのかな。
コノかタケ、呼んでこようか?
「アッ私、見たの。水筋に開いた穴に、黒くて大きな獣。顔は人で体は鼬? みたいな感じ。でも背に羽じゃなくて皮の翼があって、生きてるのに息してなかった。それに小さなパチパチ、キラキラが見えたの。」
???
「行こう。マルコが待ってる。」
「そうね。」
みんなで仲良く朝餉を食べ、お片付け。それから大蛇社へ行き、先読の力で見た事を伝えた。
「そのような獣が、あの山に潜んで居るのか。」
霧雲山には数多の神が御坐す。一柱でも御気付き遊ばせば出雲で、一九社で噂になるハズ。
「あのパチパチ、キラキラは雷みたいに細い、細い光の糸でした。」
ホウ。
「直ぐに消えましたが、顔が浮かんで見えました。目は閉じていましたが鼻も口も、耳も人と同じです。」
流が昔、言っていた。ギリシアに伝わる話にライオンの頭、ヤギの体、蛇の尾を持ち口から火を吐く怪物が出てくると。
「タエが見たのは人の隠に蝙蝠、雷獣を取り込んだ何かだろう。」
タエとマル、マルコもキョトン。
「大蛇様。その生き物は恐ろしい姿なのに私、ちっとも怖いと思いませんでした。」
「なら人に禍を齎さぬ、良い生き物なのだろう。」