11-73 良山の美味しい水
そうか、動いたか。
野呂だけじゃ守り切れない。野比に力添えを乞い、力を合わせねば。
「そうか、解った。ありがとう。」
鷲の目が微笑む。
「良いってコトよ。木菟、ありがとう。」
「ハイ。」
雲に感謝され、嬉しそう。
相棒に合図してから山守を離れた鷲の目。若い木菟は持ち場に戻って情報収集。雲は鎮森に残り、とつ守の言動を見聞きした隠や妖怪を探す。
雲にも祝の力が有るが、見えないモノが見えるダケ。水やら風やらをドウコウする力なんて無いし、草木の声も聞こえない。
だから隠や妖怪を頼るのだ。
「屈んで掌を土に当て、ジッと待ってから『近いな』と言いました。」
へぇ。
「それから『外か』と言って、北を見ました。」
ホウホウ。
「それから頭を振って、『地の下にある大穴』と言ったのを聞きました。」
そうなんだ。
「『急ぐか』と言って立ち上がり、祝社に戻りました。」
鎮森の民が全て、とつ守に心を奪われているワケでは無い。祝辺の民や祝辺の守に恨みは無いが、どこか引っ掛かるモノが有る。
スルリと抜け落ちたり消えてくれれば良いのだが、なかなか思い通りにはナラナイもの。
鎮森の民は生きたくても生きられなかった。守りたい人を守れず、死んでしまった。誰かの身代わりに選ばれ、断れず連れてこられた。
何の力も無いのに引き摺るように連れてこられ、生贄や人柱にされた。
『捧げられた』と言えば聞こえは良いが、殺されたのだ。嬲り殺されたのだ、山守の民に。
雨乞いで雨が降っても、そのまま殺される。日乞いで晴れても、そのまま殺される。生贄だから、人柱だからと殺される。
祝ならギリギリで助けられ、次の生贄や人柱に。心に罅が入ったら、ソッと触れてもパリンと割れる。
グニャリと歪んだ魂は、死んでも元に戻らない。一度でも憎しみを抱けば消える事なく、心と魂を縛り付ける。ずっと。
死んでも深く食い込んで、どうしたって離れてくれない。
「教えてくれて、ありがとう。」
隠でも妖怪でも同じように優しく声を掛け、微笑んでくれる雲がダイスキ。
「良山で汲んだ湧き水だよ。皆で、どうぞ。」
良山! 大蛇神の愛し子が守り清めている、あの?
「いただいても宜しいのですか。」
「良いよ。良山から霧雲山まで離れているから、温くなっているケドどうぞ。」
「ありがとうございます。」
辛い、苦しい。誰か助けて。誰でも良いから、何でも良いから助けて。助けて。助けて。助けて。
その心中を汲み、寄り添ったのが雲。
とつ守だって元は霧山社の継ぐ子。九代祝辺の守に強く望まれ、山守に嫌イヤ連れてこられたのだ。
守りたい全てを守るために。
同じ苦しみを味わい、死んだのに違う。とつ守は隠になっても祝辺の守。鎮森では無く、祝社で暮らす隠の守。
良い守だと思う、けれど他の守と似たようなモノ。寄り添ってくれるが、フラフラになるまで叫ばなければ届かない。
死んだから、死んだのだから当たり前。
祝辺の守、それも隠の守だ。霧雲山の外に出られる。けれど一度も・・・・・・。
雲は霧雲山に入る度、いろんなトコロから汲んだ清め水を飲まずにココまで持ってきてくれる。懐に入れると温くなるからと、腰に下げて。
「美味しい。」
骸は朽ち果てた。けれど隠でも、清め水なら飲める。妖怪でも渇きを癒せる。鎮森の民だから。