5-29 ヒサ
ただ、幸せになりたかった。ただ、愛されたかった。ただ、それだけ。それだけ、なのに、誰も。
私には、何も、ない。何も、誰も、残らなかった。ただ一人。こうして苦しんでいる。ただ一人。こうして悶えている。なぜ?
欲しかった。だから求めた。欲しかった。だから奪った。欲しかった、欲しかった、欲しかった。
父さんは死んだ。早稲の村へ、逃げている時に。村を出る時、負った傷が、ガリガリと命を削った。早稲の村は、匿ってくれた。一度だけ、助けてくれた。そう、一度だけ。
母さんと姉さんは、気持ちの悪い目で見られた。母さんは、姉さんを抱きしめて、離さなかった。私だって、抱きしめて欲しかった。
早稲の村に入ってからずっと、弟たちを宥めていた。ずっと、抱きしめて欲しかったのに。耐えていたのに。
早稲で、隠された家で、歪んでいった。与えられるのは水だけ。はじめは辛かった。飢えて、飢えて、飢えて。
母さんは言った。何があっても、外に出てはいけないと。何があっても、姉さんのそばを離れてはいけないと。
母さんは。食べ物を得るために、早稲の男たちの言いなりになった。そうして手に入れた、ほんの少しの食べ物。
姉さん、弟たちと分けた。母さんは、食べなかった。ドロンとした目で、遠くを見ていた。ピクリとも動かなかった。
「逃げなさい。遠く、遠くへ逃げなさい。決して、戻ってはいけません。」
皆で話し合い、逃げた。母さんは残った。早稲の男たちを欺くために。なのに、それなのに、弟たちが喚く。
姉さんは、早稲の男たちに捕まり・・・・・・弄ばれた。母さんも引き摺りだされ、同じように。弟たちは頭を掴まれ、見せられた。目を閉じることさえ、許されず。
何も分かっていなかったのだ。あれだけ、話し合ったのに。あれだけ、言い聞かせたのに。あれだけ、きつく教えたのに。なのに、なのに、なのに。
私は逃げた。一人で逃げた。捕まりそうになり、近くの家へ逃げ込んだ。そして、生きるために・・・・・・。
母さんも姉さんも、死んだ。朝まで、言えないようなことをされて。その様を見続けた弟たちは、嬲り殺された。見せしめに。
私は逃げなかった。死にたくなかったから、従った。
あの時、弟たちが騒がなければ、逃げられた。姉さんは、美しかった。だから、どこかの村で幸せを掴んで。私たちも守られて。あの時、弟たちは騒がなければ。
痛かった、辛かった、嫌だった。弟たちが憎かった。あの時、弟たちが騒がなければ。今ごろ、姉さんと幸せに暮らしていた。なのに、弟たちが騒いだから。
幾日かして、「早稲の他所の」人に攫われた。とにかく、暴れた。逃げれば、殺される。死にたくないのに。生きたいのに。
縛られて舟に乗せられ、気がつくと、釜戸山にいた。それから乱雲山に送られた。
幸せになれると思った。なのに、なれなかった。私が悪い。頭の隅っこでは、分かっている。でも、どうにもならなかった。
私、幸せになりたい。
魂が切り離され、死を待つのみ。涙が頬を伝って、流れた。