11-70 触らぬ神に祟り無し
山守の民が荒れても、騒いでも社の司が黙らせる。
山守でも他と同じ、社の司が人の長。いつもニコニコしているが怒るとスッと真顔になり、声もグッと低くなって恐ろしい何かを纏うのだ。
控え目に言ってコワイ。
山守社の皆が倒れても山守には祝社、人の守が居る。人の守が倒れても隠の守になるダケ。
祝社には多くの継ぐ子が居るし、隠の守は生き物に姿を見せ、話す事も出来るから困らない。
数も多いので安心だ。
「フッ。山守社は祝を選ばず、テイを消して無くせる誰かを待つ事を選んだのか。」
野比の祝、タマがニヤリと笑った。
「木菟。野比は野呂と共に、良村から来る子を守る。今すぐ御伝えせよ。」
「ハッ。」
勤務明けの木菟が心の中で叫んだ。『忍び使い荒過ぎだぁぁ』と、泣きながら。
山守の呪い祝が封じられた事、祝を置かない事を知った野比と野呂の祝は考えた。何としてもタエを、良村から来る娘を山守と祝辺から守らなければイケナイと。
「祝辺の隠、とつ守に気付かれぬよう動かねば。」
野呂の祝、タタの目が据わる。
「鷲の目。良村から来る添野の娘、飯野と茅野の隠も憑いていると思うが。」
「雲からは何も。」
「そうか。・・・・・・谷河へ行き、その娘と似た子を連れ出すよう伝えよ。」
「ハッ。」
夜勤明けの鷲の目はスッと下がり、頭を空っぽにして野呂山を出た。と同時に空を見上げ、『眠い』と呟く。
タタには心が読めるが、その耳は遠くの音が聞こえるホド良くない。だから呟いた。叫ばなかったのではナク、叫べなかったダケ。
響いちゃうよ、山だもん。
「ほう、ソウきたか。」
谷河社の祝、ハヤが微笑む。
「茅野から良村に託された娘、タエと良く似た子。谷河から探せるか。」
「はい。」
夜勤明けの鷲の目は遠くからだが、マルと並んで歩くタエの姿を見た。その時の相棒は今、他の任務に当たっている。
タエのソックリさんを探すのでは無く、背格好が似た女の子を探すダケ。何とかなるだろう。
霧雲山に出入り出来るのは、霧雲山で生まれ育った人だけ。谷河の狩り人に救い出されても、御山に入る前に御許しを得なければイケナイ。
木菟や鷲の目に救い出されても同じ。谷河の狩り人に託され、御山に入るから。
タエをどのようにして霧雲山に入らせ、野呂に迎えるのか。細かい事は茅野、良村、野呂、野比、谷河で話し合い、決める。
飯野と添野に力添えを頼めば、祝辺に気付かれるコトなく進められるハズだ。
とつ守が鎮森に入り、草木の声に耳を傾けた。
「良山の守り、固いですね。」
山のアチコチに仕掛けられた罠は、忍びでも逃げ出すホド恐ろしいモノ。戦慣れした兵でもバタバタ倒れ、仲良く血塗れ。命が幾つ有っても足りない。
妖怪が逃げるのも当たり前。
犬や犲、狐など、多くの隠が暮らしているのだ。許し無く近づけば妖怪の墓場へ送られる。
「大実社に大蛇社、愛し子つき。良村の犬は一匹で十人ほど殺せる、早稲の犬に育てられているトカ。」
早稲の生き残りが連れ出した犬。飼い主も強いし毒にも詳しいし、商いも上手いなんて。
「・・・・・・勝てませんね。」
諦めますか。いえ、見守りましょう。
良村は多くの隠れ里、村、国とも結ぶ強く、豊かな村。大蛇神も御坐すし、『触らぬ神に祟り無し』だ。