明日へ
随分と深い眠りから覚めた様な気分だった。
昨日はあんな出来事があったからか、きっと体が睡眠を欲したんだと思う。
あの数時間の間に、一週間分くらいの心臓を動かしたような気がしたおかげで、随分と長い間、夢も見ずに眠りについていたようだった。
きっと起きていた時間が刺激的過ぎて、体を休める時まで夢を見る必要が無かったのか、それとも眠る時でさえ、現実から遠ざかるのを知らず知らずのうちに拒んでいたのかも知れなかった。
そんな状態だったので、目覚めの良い筈の僕でも、今朝は起き上がるまでにしばらく時間を必要とした。
ようやく立ち上がって初めて気づいたのだけれど、近くに舞ちゃんの姿はなかった。
‘また、朝ご飯でも作ってくれているのかな’と思って台所に向ってみたけれど、そこにも舞ちゃんの姿は無かった。
‘BREEZEにでも出かけたのかな’そう思って部屋に戻ると、昨日夕食を食べて、そのままにして休んだはずのテーブルの上がきれいに片づけてあることに気づくと、代わりに一枚の紙が置かれているのが分かった。
僕はそれを手に取ると、開いて中身を見た。
そこには、
俊くんへ
いろいろありがとう。
と、短い文章が書かれていた。
その一枚の手紙を残して、舞ちゃんは僕の前からいなくなった。
「バーカ、お前それ騙されたんだよ。」
これが一週間ぶりに会社に姿を現した、傷心の友人に向けられた一哉の一言だった。
「やっぱりそうなのかな?」
「当たり前だろ。」
「例えば、やっぱり家出したままは良くないから、お父さんと和解するために、一旦家に帰ったとか・・・、例えば新しい職場には寮があって、引っ越しに時間がかかってなかなか連絡出来ないとか・・、。」
僕の話に呆れた表情で会社の同僚の太田一哉は言う。
「そんな訳ないだろ、大体お前彼女の実家どこだか知ってんのかよ?」
一哉の問に、僕は黙って顔を左右に小刻みに振る。
「彼女の携帯番号は?」
同じく顔を振る僕に、一哉はさらにあきれた表情で続ける。
「大体その子、駅で荷物無くなったんじゃなかったっけ? 引っ越しにそんなに時間かかるわけ無いだろ?」
今度は気まずそうに目をそらす僕に、さらに続ける。
「だからお前は騙されたんだって。 良いように扱われて、服だの靴だの貢がされて、用が無くなったら、ハイさよならって感じなんだよ。」
‘よくもここまで友達を追い込むな’と逆に感心してしまいそうになってる僕に、一哉は一言付け加える。
「だから・・・、だから早く目覚ませって。」
彼女が僕の前からいなくなってから、僕は会社にも行かず、アパートと公園と“BREEZE”を行き来しながら、ただ彼女の帰りを待っていた。
本当はあの手紙を見た時、彼女がもう戻ってくることはないと、心の隅では分かっているつもりだった。
ただそれを受け入れるには、僕には一週間の時間が必要だった。
彼女は出会った時と同じ様に、僕の前から突然いなくなって、僕の生活もまた、彼女と出会う前のそれに戻っただけだった。
それでもはっきり言える。
僕にとって、彼女とすごした時間はとても貴重で、彼女の存在そのものがすべてだった。
きっと、彼女が再び僕の前に現れる事はないと思う。
それでも僕は力いっぱい前に進んでいける、彼女がくれたものが沢山あるから。
一哉が言った‘お前騙されたんだよ’という言葉にも、今の僕なら、‘そうかもな’と笑顔で返すことが出来る。
生まれて初めて書いた小説です。
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