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二人で

アパートに戻ると、舞ちゃんはいつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。


「お腹すいたでしょ、すぐ用意するね。」

と言って、さほど時間がかからないうちに2人分の夕食を用意した。


「一人より二人で食べた方がおいしいから。」

僕が帰ってくるまで食べないで待っていてくれたようだった。


さっき聞いた話は、食事が終わるまで触れないでいようと思った。



一通り食事を終えると、いつものように一緒にお酒を飲んでいた。


‘今なら大丈夫だ’と思い僕が話を切り出そうとすると、以外にも舞ちゃんの方が先に話を始めた。


「あのね、私、働くとこ見つけたんだ。」


「えっ・・・、あ、うん・・・。」

不意をつかれて、思いのほかそっけない返事になってしまったけれど、舞ちゃんは気にすることなく話を続ける。


「ここから少し離れた所にある、ちょうど“BREEZE”みたいにたくさんかわいい洋服が置いてあるお店なんだけど、早速、明後日から行くことになったの。」


「そうなんだ。」


「わたしね、将来自分のお店を持ちたいんだ。 自分でデザインした洋服がいっぱい並んでて、それをみんなが楽しそうに買いに来てくれるの、何気に街を歩いてると自分の服を着た女の子に出会ったりして・・・。」

舞ちゃんは、目を輝かせながらとても楽しそうに話す。


「前に言ってた“夢”ってやつ?」


「うん。 そこはね働きなが勉強も出来るみたいだから、すごく恵まれた環境なの。これでやっとスタートラインに立てたって感じ。 思い切って出て来たのが無駄にならなかた。」

さっきあの店員さんから聞いた話ではあったけれど、改めて期待いっぱいの笑みを浮かべた舞ちゃんから聞かされると、僕も本当にうれしく思えた。


「実はさっき、“BREEZE”の前を通りかかったらこの前の店員さんに会って、その事教えてもらったんだ。」


「えっ、林さんが?」


「林さんって言うんだ。 店の手伝いもしてたんだね? もう舞ちゃんが来ないと思うと淋しいって言ってたよ。」

そう言うと舞ちゃんは、少しうつむいて淋しそうな表情を見せる。


「初めはあそこで働きたくて店に行ったんだけど、求人募集してないって言われて・・・、でも少しでも勉強したいって思ったから無理言って働かせてもらってたの。」


「林さん、‘本当に良かったですね’って、よろこんでたよ。」


「いっぱいお世話になっちゃった。」



「ごめん。」

突然の一言に「えっ。」と言って驚く舞ちゃんは僕の顔を見る。


「俺が仕事でいない間、舞ちゃんがそんなに頑張ってるなんて俺知らなくて、何にもしてあげられなかったから・・・、さっき聞かされた時は凄くビックリしたんだ。」


「そんなことないよ、私が一人でどうしていいか分かんなかった時、俊くん声かけてくれて、私すごくうれしかったよ。 あの時もしあのままだったら今頃どうなってたか、考えただけでも怖くなるよ・・・。 こうやって一緒にいて話聞いてもらえるから・・、ほんとにありがとね。」

彼女の言葉で、胸のあたりが少し軽くなった気がした。


「俺ずっと応援するよ、舞ちゃんの夢が早く叶うように。 だから困ったことがあったら何でも言って、俺に出来ること何でも力になるから。」


「ありがとう。でも、もう十分だよ」

と言うと彼女は何だか恥ずかしそうにしているように見えた。


「そういえば、はい、これ。」

と言って僕は、彼女の視界から外れるように傍らに置いてた物を、目の前に差し出した。


「なに、これ?」


「就職が決まったお祝いだよ。」


「えっ、いいの?」

と言う舞ちゃんに、僕は黙って頷く。


「ありがとう、あけてもいい?」


「どうぞ。」

と言うと舞ちゃんは、結ばれたリボンを丁寧に外して中を見る。


「これって・・・。」

舞ちゃんは、驚いて大きく見開いたで僕を見る。


「気に入ってくれた?」


「だめだよ、こんな高価な物もらえないよ。」


「良いんだよ。それにショップの店員さんはみんなおシャレなんだから、履き古したスニーカーじゃお客さんに笑われるよ。」

僕はいたずらっぽく言と、黙って考え込む舞ちゃんに続ける。



「それに・・・、履いてほしいんだ・・・、俺が。 それ履いて一生懸命頑張ってる姿・・・、見てたいんだ・・・、ずっと、舞ちゃんのそばで。」


「えっ。」

声にならないほどの小さな声でつぶやくと、舞ちゃんは瞬きを忘れたかのように僕を見つめる。

いつものようにお酒に酔っているのか、舞ちゃんの顔は、頬と言うよりも顔全体が紅く染まり、瞳は涙ぐんだように濡れていたけれど、しっかりと僕を見つめていた。


今まで発したことのない思い切った一言に、自分自身に恥ずかしさを覚えたことと、彼女の瞳のおかげで、僕の胸の鼓動は加速するように速くなっていった。

僕はどんどん速くなる鼓動に、胸が締め付けられるような苦しさに耐えきれず、彼女の瞳から逃れるように視線をテレビの方に移した。


それから、しばらく沈黙が続いた。


部屋には小さく流れるテレビの音と、僕の心臓の音だけが響いているようで、僕は鼓動を抑えようと、テレビの画面により一層集中しようとした。


舞ちゃんもずっと黙ったままだったけれど、しばらくすると少し動く素振りを見せた。

彼女から視線をそらしたままの僕にも、それは視界の隅で感じることが出来た。


アルコールに弱い舞ちゃんは、いつも口数が少なくなると、そのまま横になって眠りに着いていたので、きっと眠くなったんだろうと僕は思っていたけれど、今日は違った。


四角のテーブルに向かい合うように座っていた舞ちゃんは、立ち上がると、僕の視線の向く方とは逆の方向から、僕の隣に静かに座って、寄り添うように僕の肩のあたりに顔を凭れ掛けてくる。


ほんの少し治まりかけた鼓動は、さらに速くなる。


「ありがとう。 俊くんはほんとにやさしいんだね。」

そう言われて初めて僕は彼女の方に視線を向けてみると、彼女の凭れ掛けた顔がゆっくりと僕の方に向いてくる。

彼女の涙ぐんだような瞳と、さっきよりさらに紅く染まった顔に、僕は生れて初めて“女性”という特別な存在を感じた。


胸の鼓動はもう、自分では判別できないくらいは早くなっていたけれど、それに反して身体からだは、金縛りにでもあったように1ミリも動かすことはできず、今度は彼女の顔から視線をそらすことすら出来なくなっていた。


とても長い時間が過ぎたように感じて、僕は彼女を見つめたまま全く動けないでいると、彼女の顔が僕の方にゆっくりと近づいて来る。


次の瞬間、僕の硬く硬直した体の一部に、とても柔らかで優しい感触が伝わってきた。

生まれて初めて感じるその感触に、僕は体にあるすべての神経と言う神経が唇に集まってしまった様な、不思議な感覚に襲われて、それは彼女の唇が僕の身体からだから離れた後も、しばらく続いた。


そのまま僕たちは崩れるように横になり、お互いの存在を感じ合った。




僕の鼓動の高まりが治まった時、舞ちゃんは僕の腕の中にいた。


冷静になればなるほど、舞ちゃんとこうして寄り添って眠っていいることが、とても不思議でたまらなかった。


「ごめん、こういうの慣れてなくて・・・・。」

こんな時、何を話せばいいのか全く分からない僕が口を開くと、


「だいじょぶだよ、私は俊くんと一緒に居られればそれでいいから。」

いつもの笑顔で答えてくれた舞ちゃんに僕は何だかほっとして、いつの間にか深い眠りについていた。





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