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一緒の時間〜参〜

眠りから覚めると、辺りはすっかり明るくなっていた。


‘今何時だろう?会社に遅刻する’瞬間的にそう思って体を起こすと、部屋に飾られた時計を見る。


まだ五時を過ぎたところ、僕の体内時計はしっかりしているようだった。


‘昨日はなかなか寝付けなかったのに’と考えながら、気づくと僕の体の上には昨日舞ちゃんにかけてあげたはずの毛布がのっていた。


僕は彼女が横になっていた先に視線を向けたけれど、そこに彼女の姿は見当たらなかった。


それでも立ち上がって台所の方に歩き始めると、そこに彼女がいるのが見えた。


僕が近づいていくと舞ちゃんは「おはよう、すぐ出来るから。」と言って、朝食の用意をしてくれていた。


“特別な時間”はまだ続いているようだった。




朝食を終えるといつものように公園に行き、猫たちにエサをあげてから僕は仕事に向かった。


僕が仕事の間、舞ちゃんはアパートの掃除をしておいてくれると言った。

一見大して散らかってはいない僕の部屋は、越して来てからまともに掃除をしたことが無かったせいで、よく見るとテレビや本棚の上に埃が目立っていた。

料理だけでなく掃除も苦手で、それを見て見ぬふりをしていた僕にとってはとてもありがたく、素直にお願いすることにした。





仕事が終わると、僕はいつになく足早にアパートを目指した。

いつものアパートに帰るだけだというのに、今日は自分の帰りを待っていてくれる人がいると思うと僕は少し緊張していた。


アパートに着くと舞ちゃんは「おかえり。」と言って迎えてくれた。


「ごめんね。掃除してたら汗かいちゃって、これ・・勝手に借りちゃった。」

僕の顔を見るなり話し出した舞ちゃんは、僕が前に洗濯したまま部屋に掛けっ放しにしておいた長袖のTシャツ姿で現れると、袖の部分を指先でつかんで僕の方に体ごとTシャツを広げるような仕草をして見る。


僕はその愛らしい姿と、再び舞ちゃんの顔が見れたことに胸の鼓動が速くなるのを感じた。



部屋に入り荷物を下ろすと、僕たちは今日もスーパーに買い物に出かけた。


「今日は何が食べたい?」と聞く舞ちゃんは、僕が「カレーが食べたいな。」と答えると「カレーは一番の得意料理なの。」と自慢げに話した。




スーパーの帰り道、舞ちゃんは昨日足を止めた店の前に来ると、今日も立ち止まってショーウインドウを覗き込んでいた。


僕は、好奇心いっぱいの顔で覗き込む舞ちゃんに「入ってみようか?」と声をかけると舞ちゃんは「えっ、いいの?」と満面の笑みで答えた。


“BREEZE”と書かれた入口から中に入ると、あまり広くない店内にはたくさんの服やバッグなどがならべられていた。


初めの内僕は、普段味わうことの無い雰囲気に圧倒されそうになったけれど、楽しそうに店内を歩きまわる舞ちゃんの姿を見て、次第に自分もうれしい気持ちになった。


一通り店内を見回ると例のサンダルの前にむかった舞ちゃんは「やっぱりかわいいなぁ。」と言って、お気に入りをいろいろな角度から眺めていた。


「素敵なサンダルでしょ?」

商品を見ていた僕たちの後ろに、いつの間にか近付いて来ていた店員さんが話しかけてきた。


「それは先週発売になったばかりの新作なんですよ。 アメリカでは大人気でほとんどのお店で品切れしてるんですよ。 当然日本ではめったに手に入らないんですけど、今回個人輸入でたまたま一点だけ仕入れることが出来たんです。」


店員さんの説明を聞いて、おしゃれのことは全く無頓着な僕にでも、このサンダルがどれだけ貴重なものかが伝わってきた。

親しみやすい雰囲気で優しく話す店員さんではあったけれど、今の説明を聞たらきっと舞ちゃんじゃなくてもこのサンダルに惹かれる女の子はたくさんいるんだろうと思った。


「ほんとに素敵ですね、私一目見てすごくかわいいなって思っちゃって。」


「良かったら履いてみますか?」


「えっ、でも私・・・、こんなかっこだし・・・、それに何だか高級そうな感じで、何だか気が引けちゃうな・・・。」


「確かにこちらは新商品で、あまりリーズナブルなお値段ではないんですけれど・・。」


「どのくらいするんですか?」

そんな“ステキ”な物がいくらぐらいするのか、一般的な好奇心に背中を押された僕は二人の会話に入り込んだ。


「こちらは34800円になります。」

その値段を聞いて僕は、会話に参加したことを後悔してそれ以上踏み込めないでいると


「やっぱり、かなりするんですね。かわいいけど、とても手が出ない・・・。」

という舞ちゃんは、少し落胆した表情に見えた。


そんな様子を察してか、雰囲気を変えようと店員さんは

「そうですか、でもお客様なら小柄でかわいいから、きっとこれなんかお似合いになりますよ。」

そう言ってたくさん並ぶ服の中から一つを選びだすと、舞ちゃんの体に合わせるようにして見せる。


それは、白と黒の細かなチェックの柄に腰には大きな黒のリボンがついたワンピースで、僕が見てもかわいらしいと思えるその服に再び舞ちゃんの笑顔も戻る。


「これもすごくかわいいですね。」


「今のジーンズ姿も素敵ですけど、このワンピースもきっとお似合いになりますよ。 良かったら試着してみませんか?」

と言う店員さんの言葉に戸惑いを見せる舞ちゃんに、僕は「着てみなよ。」と声をかけた。


‘お似合いになります’と言う店員さんの言葉は、きっと誰もが言われる“言いなれた言葉”ではあっただろうけど、僕は本気で似合うと思ったし、何よりそのワンピースを着た舞ちゃんを見てみたいと、心から思った。


僕の一言で「来てみようかな・・。」と言った舞ちゃんは、木の頑丈そうなドアのついた試着室に入って行った。


彼女の着替えを待つ間、僕は恐る恐る店員さんにワンピースの値段を聞いてみた。

‘着てみなよ’と後押ししたのはいいけれど、あのサンダルの値段から推測するに、この服も結構するに違いないだろうと思われ、“どうやってこの場を切り抜けるか”心の準備をするためにも確認せざる終えなかった。


そんな様子を悟ったのか、それとも初めからすべて見抜かれていたのか、店員さんはニコッと微笑むと「こちらはセール品ですので、3980円になります。」と答えた。


その言葉に少しほっとした僕に店員さんは続ける。

「彼女すごくかわいいから、あのワンピース絶対に似合いますよ。 彼氏さんにもきっと気に入ってもらえると思います。」


「あっ、いや・・・、あの・・・。」

“彼氏さん”と言う言葉に驚いて僕は口を開いてはみたものの、すぐにその口を閉じた。


よく考えてみれば、僕たちのことをわざわざ説明する必要は無いし、それに“彼氏”と言う響きが僕にとって思ったよりも心地よいものに感じられて、否定する気にはなれなかった。


それから間もなくして舞ちゃんは試着室から現れると、僕の方に向って「どう?」と尋ねた。


僕は彼女の姿を見て、思わず息をのんだ。


それは似合うとか似合わないとかと言うよりは、顔や背丈は同じだけれど全く別な女の子が自分の前に現れたような、とても不思議な感覚で、僕は「似合うよ。」と一言だけ答える事しか出来なかった。


それでも彼女は「ありがとう。」と言って、恥ずかしそうにうつむいた。


ジーンズにTシャツのラフな格好から女の子らしいワンピース姿に変わった事と、そのTシャツが自分が何度も着古したものだったことを差し引いても、その変わり様に僕はとても驚かされた。

恥ずかしそうにうつむいて頬をうっすら赤く染めている仕草が、僕をより一層不思議な感覚にしていたのかもしれなかった。


「こういうかっこ慣れないから、ちょっと恥ずかしいな・・。」


照れる舞ちゃんに店員さんは言う。


「すごくお似合いですよ。やっぱりお客様は、こういうかわいらしい格好がよく似合いまね。」


「そうですか。ありがとうございます。 でも、こんなかわいい服がいつも着れたらいいな・・。」

最後は独り言のように話す舞ちゃんを見て僕は「じゃあ、これください。」と、店員さんに伝えた。


舞ちゃんはとても驚いた表情を見せたけれど、

「ありがとうございます。 じゃとりあえず着替えましょうね。」

と言って試着室に誘導する店員さんのスムーズな接客に、舞ちゃんは何も言わず再び部屋へと入って行った。



着替えを済ませた舞ちゃんはどこか不安げな表情で、淡々と会計を済ませる僕を黙って見つめていた。


「ありがとうございました。」

店員さんの言葉と共に僕たちは黙って店を出ると、舞ちゃんは喉の奥に押し込めていたものを一気に吐き出す。


「どうして? こんなことしてもらったら悪いよ。」


「おいしいもの食べて、寿命延ばしてもらったお礼だよ。」

冗談混じりに言う。


「でも・・・」

まだ何かを言いたげにする彼女の言葉をさえぎるように、今度は少し真面目な口調で話す。


「それに、服一着しか無かったら不便じゃない?」

舞ちゃんは、しばらく何か考えるような仕草をすると

「ありがとう・・・、でもごめんね・・・。」と一言口にする。


僕たちはそのまま黙ってアパートまでの道を歩き始めた。


精一杯、格好つけたつもりだった。

ただそれ以上に、あの時の試着室で見た舞ちゃんの姿が衝撃的で、もっと見ていたいという欲求が僕をそうさせたというのが本意だった。



家に帰ると彼女の手作りカレーを食べながら、また少しのお酒を飲んだ。

彼女はやはりアルコールはあまり強くはないらしく、話の途中で崩れるように眠りにつき、僕もそれから一時間ほどして横になった。

そのまま僕たちは、次の朝を迎えた。

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