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一緒の時間〜弐〜

アパートに戻ると、彼女は早速ご飯を作り始めた。


僕は何度か「何か手伝おうか?」と声をかけたけれど、

その度「すぐ出来るから座って待ってて。」と言われて、仕方なくゲームに手をのばしていた。


それでも彼女が料理をする後ろ姿に視線は奪われて、調味料を探す仕草に僕の体も一緒に動いてしまい、集中しようと何度もゲームの画面に目を向けるけれど、またすぐ気になって彼女の姿を目で追ってしまっていた。


そんな状態のまま三十分ほどたったころ、両手に皿を抱えた彼女が「できたよ。」と言って僕のいるテーブルまで料理を持ってきてくれた。


僕は思わず立ち上がって、持ちきれなかった他の皿を運ぼうとキッチンへ向かった。


皿を運び終えてテーブルにつくと、僕は改めて彼女の料理に目を向ける。


一つは、よく見ると小さめに切ったキャベツやブロッコリーなどの野菜が入ったクリーム系のスパゲッティ、もう一品は大皿に盛られた一口で食べるには一回り大きな唐揚げで、肉の下にはたくさんのレタスや刻んだキャベツがしいてあり、周りにはトマトと四等分に切られたゆで卵が交互に並べてあった。


料理をしている後姿でも感じられたけれど、実際に出来た料理を見て彼女は料理が出来るんだと言うことが分かった。


僕が料理に見とれていると彼女は「あっ、そうだ。」と言って立ち上がり、冷蔵庫から僕のウンチクで買うことになったワインを取り出すと「これこれ。」と言ってグラスを探し始めた。


おしゃれなワイングラスなんてここにはあるわけもなく、僕がそれを伝えようとすると「これでいいか。」と言って彼女がとりだしたのは、夏の暑い日に冷たい麦茶でも飲む時に使うような、涼しげな丸い形をしたグラスだった。


ワインの栓を開けてグラスに注ぐと、僕たちは乾杯をした。

気取ったワイングラスじゃなくこの丸くて小さなグラスが、かえって今の雰囲気に合ってるような気がして僕たちは自然に笑いが漏れた。


「どうぞ。」という彼女の一言に僕は「じゃあ、いただきます。」と言ってスパゲッティを口にした。


「うん、おいしい、すごくおいしい。」


僕の言葉にもう一口ワインを口にしていた彼女は、グラスから口を話すと「ほんとに? よかった・・。」と言って一気に話し始める。


「私、結構料理得意なんだ。 って言っても小さい頃から両親共働きで帰り遅かったから、弟たちの夕飯はずっと私が作ってたの。 おかげで料理には自信があったんだ、口に合うか心配だったけど・・・。」


「本当においしいよ、手料理なんて久しぶりに食べた。」


「じゃあ、こっちも食べてみて。あんまり時間無かったかから、ちゃんと味しみてるか不安だけど。」

そう言うとかのじょは唐揚げののった皿を僕の前に差し出したので、大きな唐揚げを僕は一口で頬張った。


「大蒜の香りが効いてて、これもおいしい。」


「よかった、うまく出来た。 あっ、下の野菜も食べてね。 いっつもコンビニのお弁当ばっかりじゃ体に良くないよ。 ちゃんと栄養とれるように今日は野菜たっぷりにしてみたら。」


彼女のことは知り合ったばかりだったけれど、こういった気遣いの出来るところに僕はとても好感が持て、毎日弟たちの体の事を考えておいしいご飯を作っている姿がはっきりと想像することが出来た。




食事を終えると僕たちは、まだボトルに残っているワインを飲みながら話をしていた。


話のほとんどが僕の好きなゲームの話ばかりではあったけれど、彼女は楽しそうに相槌をうってくれた。



ある程度時間が進むとお互いお酒に酔ってきたこともあって、彼女は僕を‘としくん’と呼び、僕は‘舞ちゃん’と親しく呼び合うようになっていた。



「俊くんは、いつから一人暮らししてるの?」


「半年くらい前からだよ。」


「どうして?」


「どうしてって・・、別に理由はないけど、親から離れて暮らしてみたかったんだ。 一人でもやっていけるって証明したかったっていうのもあるし。」


「そうなんだ・・・。」

そう言うと舞ちゃんは、今までの楽しそうな感じとは一変して少し思いつめたような表情をすると、うつむき加減でゆっくりと話し始める。


「私には夢があってね、一人暮らししながら勉強しようってずっと思ってたの。 でもそれ言ったらお父さんに凄く反対されて・・・、女の子は普通に就職して早くいい人見つけて結婚した方が幸せになれるって・・・。だから喧嘩になって頭きたから、荷物まとめて家飛び出してきちゃったんだ。」


「そうだったんだ。」


こくりとうなづくと、舞ちゃんは力の抜けた笑みをうかべて続ける。


「何も考えないで出てきたら荷物もお金も無くなっちゃって、ほんとにどうしていいかわかんなくてふらふら歩いてたらあの公園に着いて、猫ちゃん達と一緒に居たらなんだかすごくいやされちゃって・・・。」


「それで朝まで野宿しようと思ったの? あんな薄着で・・・。」

僕はいたずらっぽく言う。


「でも、しなくてすんだ。 俊くんのおかげ、ありがとう。」

と言って舞ちゃんは僕に笑顔を向ける。


ストレートなお礼の言葉に、僕は何だか恥ずかしくて何も言えずに目をそらしていると、舞ちゃんは独り言のような小さな声でつぶやく。


「でもこれからどうしよう・・・。 今更家にも帰れないし・・・。」


「しばらくここに居たらいいよ。」


「えっ。」僕の言葉に驚いた表情をみせた舞ちゃんは、戸惑った様子で言う。

「でも、いつまでもお世話になるわけにいかないし、そんなに迷惑かけられないよ。」


「僕は構わないよ。 どうせ夕方まで会社に行ってるし、だれか訪ねてくるわけでもないから。 それにこうやっておいしいご飯が食べれたら健康にもいいしね。」

そう言って僕が笑うと、舞ちゃんは少し考えて


「・・ありがとう、じゃあ、もう少しだけお世話になるね。 そのかわり栄養たっぷりのおいしいご飯作るね。」

と言って微笑む舞ちゃんに僕は少しほっとする。



「でもどうして? どうしてそんなに優しくしてくれるの?」


「なんだか、ほっとけないんだよ。」


彼女の突然の質問にドキッとして、思わず出たのはその一言だった。

自分自身口にしてから、なんてありきたりでつまらない言葉なんだろうと、自己嫌悪に襲われた。



二人の間に沈黙が続く。




思えばワンルームのアパートに、女の子と二人でお酒を飲んでいる、そんな状況は僕の人生の中では全く考えられない初めての経験だった。

お酒に酔っているのか、彼女の頬はうっすら赤く染まりはうつろで少し涙ぐんだように見えて、昼間に見ていた幼い雰囲気とは全く違っていた。

‘どうして優しくしてくれるの’という彼女の質問に答えた‘ほっとけない’という言葉は、本当に正直な気持から出たものだったけれど、‘うちに来ればいい’という言葉の奥にそれ以外の感情が無かったかと自分自身に問いただしてみると、今の彼女を目の前にした僕には完全に否定することはできないと思えた。

最近よく耳にする“草食系男子”というものにきっと自分も属するだろうとぼんやりとした自覚はあったけれど、こうやって実際女の子と一晩一緒にいて何もないというのもどうなんだろうという考えも芽生えてくる。

いくら困っていたとはいえ男の部屋に泊まりに来るという時点で、彼女の中でも何かあってもおかしくないくらいの覚悟はできてるんじゃないか、そんな事を考えていると僕の身体からだはどんどん熱を帯びていくように思えた。


今までに相対したことのないこの場面に、僕は頭だけが大きくなっているような気がして、この沈黙を破ろうとすればするほど、全く身体が動かない自分がとても歯がゆくて焦りを感じていた。



そんな中、沈黙を破ったのは彼女だった。


「なんだか・・、眠くなってきちゃった。」

そう言うと、舞ちゃんはそのまま崩れるように横たわって静かな寝息をたてた。


僕は身体が安堵の気持ちで癒されるのと同時に、色々とあさはかな考えを重ねて緊張していた自分がとても滑稽に思えて、思わず吹き出しそうになった。


それから僕はクローゼットから毛布を取り出し、Tシャツ一枚で横になる舞ちゃんにかると、そのまま電気を消して自分も座っていた場所に横になった。


それでも、高まった気持ちと熱くなった身体を押さえて深い眠りにつくまでには、しばらく時間を必要とした。

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