一緒の時間〜壱〜
家に向かう道のり、大切な事を聞いていなかったことに気づいたぼくは、彼女に聞く。
「そういえば、名前聞いてなかったよね? 俺、山根俊樹。君は?」
「私は・・・舞。よろしくね。」
彼女は下の名前しか答えてくれなかったけれど、事情も事情なので僕はそれ以上聞かなかった。
「よろしく、何歳なの?」
「二十歳だよ。」
見た目150センチくらいしか無いだろう体型の彼女は、Tシャツにジーンズ、足元はスニーカーという服装のせいもあってか、実際はもっと幼い様に見えた。
‘年を少し誤魔化しているのかな’とも思ったけれど、やはりこれも突っ込んで聞ける訳でもなくそのままやり過ごした。
そんな当たり障りのない話をしているうちに、僕達はアパートに着いた。
普段めったに訪問者もいないこの部屋に、しかも女の子を招待するのかと思うと、僕はとてもドキドキした。
さほど散らかってないというよりは、テレビや冷蔵庫といった必要な電化製品以外のものはほとんど無い閑散とした僕の部屋は、中央にテーブルが置いてあり、その上には前の日に食べた弁当のゴミや飲んだビールの空き缶が置かれていて、唯一そのスペースだけは乱雑に散らかっていた。
彼女は「おじゃまします。」と言って部屋に入ると、その光景を見るなり「ちゃんと片付けなくちゃだめだよ。」と言いながらテーブルの上を掃除し始めた。
「そんなことしなくていいよ。」
僕の言葉を聞き流した彼女は、手を止めることなく話す。
「いつもお弁当ばっかりなの?」
「うん、俺料理とか出来ないし・・、簡単ですぐ食べれるから・・。」
「ふ〜ん。」と言うとテーブルの上片付け終えた彼女は続ける。
「じゃあ、今日は私が何か作ってあげる。ご飯まだでしょ?」
と言うと、今度はビールや酎ハイやミネラルウォーターを冷やすためだけに使われている蔵庫に手をかける。
「何も入ってないよ。」
と言う僕の言葉を聞くより先に、扉を開けた彼女は中を覗くと、
「飲み物ばっかり・・・。」
と言って落胆した表情をみせる。
「近くにスーパーがあるから何か買いに行こうか?」
とっさに言った僕の言葉に彼女は「うん。」と答えるとさっきまでの笑顔が戻って、僕は少し安心した。
スーパーに着くと彼女は「何が食べたい?」と聞いてきたけれど、僕は「何でもいいよ、任せる。」と答えた。
今まで女の子の手料理なんて食べた事のなかった僕は、それだけで胸が一杯で食べたい物と聞かれても思い浮かばなかった。
店の中では‘任せる’と言ったこともあって、僕はカゴを持って彼女の後ろを付いて歩く形になった。
買い物の最中彼女は、食材を手に取ると買う買わないにかかわらず‘これはビタミンCが多く含まれてる’とか、‘これは何とかと言う物質の効果で血がサラサラになる’だとか言う類の話を僕にしてくれた。
得意げに話す彼女を見てると、僕はとても微笑ましく思えた。
そんな彼女を見て僕は酒のコーナーに来ると、前に酒屋でバイトをしてた頃に身につけた色々な酒の知識を、彼女の真似をしながら悪戯っぽく話した。
結局僕の‘高いワインイコール美味しいってわけじゃないんだ’と言う昔どこかのソムリエが言ってた言葉を引用した話で、僕らは一本千円のロゼワインを買うことにした。
買い物を終えた帰り道、僕はとても充実した時間が過ごせたという満足した思いで歩いていると、突然彼女は一軒の店の前で立ち止まった。
その店は一か月前にオープンしたばかりのとても小さな造りで、最近雑誌などでも紹介された今注目のブランドを取り扱った店らしく、頻繁に若い女性達が出入りしていた。
彼女は「かわいい。」と言って服やバッグなどが飾られたショーウインドウを覗き込んでいた。
彼女は僕が近づくと「これ見て、すごくかわいい!」と言ってショーウインドウの中の一角を指差すと、そこには一つのサンダルが飾られていた。
サンダルのわきには“ハリウッド女優にも大人気! フロントの大きなクロスのデザインがとってもおしゃれなエスパドリーユ ウェヅジソールサンダル”と書かれたコメント付きの大きなポップが飾られていた。
おしゃれにはほとんど縁のない僕には、そのコメントを見ても商品の良さは伝わっては来なかったけれど、そのサンダルを見て目を輝かせている彼女がとてもかわいらしく思えて、僕は初めて“とても暖かくてむずがゆいもの”が胸の奥に現れたのを感じた。
しばらくして彼女は「あっ、ごめんね。 早くご飯にしないと。」と言うと、僕らはその場を後にしてアパートへと足を向けた。




