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心の脱皮

 オーナーは助かったとばかり安どの表情を浮かべセレスティーノに懇願した。

「セレスティーノの旦那、こいつを少しおとなしくさせていただけませんかね」

「うーん、今のお話だと、この奴隷の言い分のほうが正しいような気がするのですが……私も一応、騎士の身分ですから相手が奴隷といえども公平に考えないとね」

「なんなら、私が一晩、お相手してさしあげてもよろしいですよ。どんな激しいプレイでもお好きなように」

「よし、それでは私が彼を説得してみましょう!」

 セレスティーノがうれしそうに答えた。


「セレスティーノ! お前には関係ないだろうが!」

 俺は、とっさに声を張り上げた。

 今コイツに話に介入されると、ややこしくなる。

 というか、目の前の豚男とオーナーをぶちのめすチャンスは二度と来ないかもしれない。

 だが、その瞬間、セレスティーノが俺との間合いを詰めた。

 それはアッと今の出来事。

 俺が、いくらか油断していたとはいえ、まったく反応できなかった。

 うっげぇ

 俺の喉がつぶれたガチョウのような悲鳴を上げた。

 セレスティーノの二本の指が俺の喉仏をさし潰していた。

 俺の顎の下に位置するセレスティーノは、笑顔でさらにその指を押し込んだ。

 俺の体が浮きあがる。

 徐々につま先立ちになっていく俺の体。

 そして、余裕の表情のセレスティーノは残った手の人差し指を立て、舌打ちとともに左右に振った。

「チッ! チッ! チッ! お静かに!」

 ガハッァァァ

 先ほどからうめき声しか出せない俺。

 そんな俺の横をバカにしながら豚男とオーナが通り抜けていく。

 セレスティーノは、そんな二人を顎でいざなう。

「後のことは私に任せて、この場はお引き取りを」

 オーナーたちはいそいそと店を出ようとする。

 セレスティーノは何かを思い出したかのようにいそいで呼び止めた。

「あっ、レディ! さっきの約束忘れないでくださいね。あとですぐ、あなたのお部屋にお伺いしますので、体でもきれいに洗って待っておいてください。わたし、こう見えてもソープの香りにはうるさいですよ」

「あぁ、わかったよ! 私の一番のお気に入りで念入りに洗っておいてあげるよ!」

「あざーす!」


 クソ! お前も同様に人を小馬鹿にするのか……

 俺は両の手でセレスティーノの細腕をつかみ取る。

 その手に力を籠めると奴の腕がミシミシと音を立て始めた。

 しかし、セレスティーノ表情は余裕である。

 まぁ、奴は不老不死。

 こんなことでくたばるたまではない。


「ふう、行ったか……」

 そう言うとセレスティーノは、俺の喉を突き上げている手を下した。

 俺は力なくその場に膝をつく。

「ゴンカレエ君、君には感謝しているよ」

 せき込む俺は口から垂れ落ちるよだれを手で拭った。

「どういうこどだ……ゼレスディーノ……」

 喉をつぶされたせいか声がかすむ。

 セレスティーノの口元が俺の耳に近づいた。

 そして、誰にも聞こえないようにそっと耳打ちする。

「何、あの女オーナーとは一度、相手をしてみたかったところだったんだよ」

 セレスティーノはクククと笑いながら続けた。

「あの女、結構、お高いだろ。弱みでも握らないと凌辱プレーなんて死んでさせてもらえそうにないじゃないか。下手したら俺のほうが犬にされちまうからな。だけど、今夜は、あの女を犬のように這いずり回らせることができるんだぜ。こんな楽しいことあるかい? これも君のおかげだよ」

 俺は、いやらしい笑みを浮かべるセレスティーノをにらみつけた。

「ふざけるな! 俺はぞんなことで自由になりたいわけじゃない」

 セレスティーノをつかみ上げる。

 酒場の目が、つかみあがられたセレスティーノに集まった。

 セレスティーノの表情がおやおやという顔で俺を見ていた。

 しかし、周りの視線に気づいたセレスティーノはすぐさま真顔に戻った。

 このまま騎士であるセレスティーノを床に叩きつけてやろうか。

 だが、そんなことをしても奴には勝てない。

 それどころか、死刑は確定だ。

 いや、奴隷である俺が今、騎士であるセレスティーノの胸元をつかみ上げている時点で死刑は確定なのだ。

 俺は奥歯をかみしめる。

 ぎりぎりと音がする。

 今の俺は、もう、つるし上げた奴の目をにらみつけることしかできなかった。

 どうせ死ぬのなら、奴に俺という存在が居たことを刻み付けてやりたい。

 俺は騎士に歯向かった奴隷!

 ゴンカレエ=バーモンド=カラクチニコフ!

 覚えておきやがれ!

 今の俺には、それぐらいしかできなかった。

 奴が騎士の力を使った瞬間に俺は死ぬ。

 確実に死ぬ。

 それぐらいに騎士の力は絶大なのだ。

 だがそれまで、一瞬も奴の目から視線を外すまい。

 それがこの俺の最後の抵抗だ。


 しかし、セレスティーノは騎士の力を使うことなく微笑むと、そっと俺にささやいた。

「君は純粋だね……」

 何を言っているんだ……

 俺は混乱した。

 この期に及んで、この男は何を言っているのだ。

 セレスティーノはさらに続ける。

「君の瞳はまるで女の子のようにきれいだ」

 ドキン!

 俺の心臓が大きく波打ったのが分かった。

 こんなこと言われたのは初めてだ。

 今まで奴隷としてこき使われ、戦い続けてきた毎日。

 戦うこと以外に誰にも必要とされてこなかった自分。

 そんな俺に対して、きれいだと……

 なんだ、この感情……

 頬が熱い。

 まるで殴られた後のようにとても熱い。

 鼓動が高鳴る。

 まるで、激しいバトルの最中なのかのように息苦しい。

 しかも、体の中心で何かがギュッと絞られるかのように胸を押し付ける。

 何だこの技は!

 こんな技、今まで経験したことがない!

 幾度となく戦ってきたが、こんなにも抗うことができない一撃は今までなかった。


「だからね、君の大金貨200枚の借金を150枚ぐらいに値下げしてもらえるように頼んであげるよ」

 本当か……

 俺は思わずセレスティーノをつかんだ手を離してしまった。

 いや、胸が苦しくてつかみ続けることができなかっただけなのだ。


 その瞬間、セレスティーノが酒場の入り口に向かって走り出した。

 待って!

 俺は、とっさに手を伸ばす。

 俺を捨てていくというのか。

 また、俺を一人にするというのか!


 セレスティーノは振り向きざまに手を振った。


「ヨシ! 処女だと三戦! 性交! また会おう!」


 なんだ?

 今のメッセージは?

 俺に対していったのか?

 俺が処女だと三戦、性交?

 俺と3回セ〇クスしたかったというのか?

 俺の処女を求めているということなのか?

 もしかして、俺に気があるのか

 もしかしたら、今日は女オーナーとの約束があるから、次の機会にということなのだろうか?

 今まで、こんなに激しく誰かに求められたことはあっただろうか。

 誰かにこんなに愛されたことはあっただろうか。


 これが恋?


 たとえ、それが禁断の恋であったとしても、何の支障があるのだろうか。

 空っぽだった俺の心が、今、こんなに満たされている。

 俺の存在理由がここにできた。


 ……だが、明日からも、また、闘いの日々。

 リングの上で戦う毎日が待っている。

 でも、もう今までの俺と違う!

 今までの芋虫のような俺とは、もうさようなら!

 私は蝶になるの!


 私は、愛に生きていいの!

 これからの私は愛に生きるのよ!


 私の後ろの処女はもうあなただけのものです! ゼレスディーノさま!



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