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ゴンカレエという名の漢

 俺は今、目の前の男と拳を交えている。

 その男は先ほどから膝まづき、ワシの頭を左右に振っていやがる。

 俺の右フックが奴のこめかみへと決まったところなのだ。

 だが奴も拳闘士、これぐらいのダメージで音を上げるやつではない。


 そうここは地下闘技場。

 天井とリングの四隅に立てられた松明の明かりが、赤々とリングを照らしだす小さな世界。

 掃きだめのような汚い地下室につくられた小さなリングだ。

 先ほどからリングの周りからは観客のガラの悪いヤジが飛んでいる。

 おおかた賭けにでも負けそうなのだろうが、そんなことは俺には関係ない。

 今は目の前のワシの頭を持つ男、すなわち、この魔人に集中することが重要なのだ。


 魔人とは魔人国に住む住人たちのことである。

 俺たちがすむ聖人国の人間とは明らかに別の種類の生き物。

 人を食う害獣だ。

 そんな魔人も、この地下闘技場ではタダの見世物の道具でしかない。

 そして、この魔人とたたかわされている俺もまた、見世物の道具でしかない。

 だが、俺は奴とは違って人間だ。

 聖人国に住まう人間なのだ。

 ただ奴隷と言う身分、最下層に位置する人間というだけのことなのだ。


 ちっ! 先ほどから俺の右視界は赤く染まってよく見えねぇ。

 カウンターを叩き込む瞬間にくらった魔人の爪で皮一枚切られたようだ。

 だが、まだこの程度傷、大したことはない。

 俺は両こぶしを構えリズム刻み始めた。

 だが、足が重い。

 体も重い。

 いつものように軽快なリズムを刻めやしない。

 着地の衝撃で血が噴き出しやがる。

 いたるところから出血しているのが感覚的にだがよく分かる。

 こりゃ、イテェというより寒いな……

 少々ダメージを食らいすぎたか。

 というか、マジでこいつ強えなぁ……


 魔人が膝をつき立ち上がる。

 プルプルと振るうワシの頭がピタリと止まると、いっちょ前に俺をにらみつけてきた。

 さも、俺のこぶしなど効いていないぞと言わんばかりに手の平で挑発しやがる。


 ――ふざけやがって!


 俺は一気に左足を踏み込んだ。

 リングにめり込む左足から発せられた体の回転が右拳に伝わっていく。

 空気を切り裂く右拳が、魔人の頭を鋭く穿つ!


 はずだった……


 視界から魔人の姿が消えた。

 俺の右ストレートは奴の残影を散らすのみ。


 ――どこだ? どこに行った!


 それは刹那の時間。

 だが、数秒にも感じられるほど緊迫した時間。

 体中の感覚が研ぎ澄まされる。

 ――俺は死ぬ……

 本能が直感した。

 残った左目が、あらゆる情報をかき集める。

 体の体毛が空気の流れすら感じ取るかのように、ざわついているのが分かる。

 真下から吹き上がるようなプレッシャー‼

 ――下か!

 その直後、魔人の爪が地面から打ち上げられるかのように突き上げられた。


 ――クソがぁ!

 俺の脳が考えるよりも早く体は反応した。

 だが、上体をわずかにひねるのが精一杯。

 かすかに見下ろす左目が奴の顔を捕らえた。

 その表情は勝利を確信しているのか薄ら笑いを浮かべていやがる。


 奴の刺突は確実に俺の頭を狙っていた。

 迷いのないその一撃は、まるで槍。

 だが俺は残った力で懸命に頭を傾かす。

 それは、ほんのわずかな動き。

 魔人の爪先が顎から生える無精ひげの先端を切り落とす。

 点であった刺突の先は、三角の爪の広がりとともに鋭い線となっていく。

 ついに、爪の刃が俺の顎をかすっていった。

 顎から伸びゆく一条の鮮血を伴いながら奴の爪が天へと昇っていく。

 俺の左目が呆然としながら浮き上がってくる奴の表情を見下していた。


 天に昇る奴の頭と入れ違うかのように、俺の頭が勢い良く沈んだ。

 振りぬく右拳がリングをこする。

 焦げ臭いにおいと共に俺の拳が、天井の松明へと突き上げられた。

 その先に仰向けに吹き飛ぶワシの魔人。

 つぎの瞬間、大きな音と共にワシの魔人がリングに沈んだ。

 いまやワシの魔人の顎はくだけ白目をむいていた。


 その瞬間、ゴングがけたたましく鳴り響く!

『カン! カン! カン! カン! カン!  試合終了! 試合終了!』


 俺は右手を突き上げ誇らしく天を仰ぎ見た。

 そしてまるで、たいまつの光をつかみ取るかのように大きく開いた右手をもう一度、力強く握りしめた。 


 祝福するかのように、ひときわ大きな歓声が上がったが、もう、そんなことはどうでもいい。

 俺は、今日も生きている。


 俺の名はゴンカレエ=バーモンド=カラクチニコフ。

 この地下格闘場の拳闘士だ。

 自慢じゃないが、今までの何百試合を一度も倒れることなく勝利し続けてきた。

 この四角いリングの上が奴隷である俺が輝ける唯一の世界。

 この場に立てば奴隷である俺をみんなが求める。

 この世界は理不尽だ。

 生まれ落ちた時の身分で一生がほぼ決まる。

 奴隷に生まれ落ちたものは奴隷のまま、その人生を終える。

 奴隷から抜け出すことは不可能。

 みんなそう思っている。

 だが、俺はそんな常識に抗ってみせる。

 奴隷から抜け出すことは可能なんだとみんなに示してやるんだ。

 そして、この闘技場で、おれたちを見下している奴らを今度は見下してやる。

 俺たちはいつまでもお前たちに見下される存在でないということを分からせてやる。

 ……本当か?



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