『シラツユとヤコウ』
状況記録開始。
マナリル潜入より四七日目。トラペル領森林より。
大気……良好。
光源……無。
魔力濃度……高。
魔獣……少数。過剰魔力個体無。
周囲の安全性を確認。
対象区域指定。トラペル領ミレル湖。
――魔力残滓蒐集部隊ホウマツ活動開始。
地属性感知魔法『土妖の幻想掘削』展開。
水属性感知魔法『磯女ノ濡髪』展開。
ミレル湖及び周辺魔力の感知を開始。
霊脈魔力。
霊脈魔力。
霊脈魔力。
霊脈魔力。
■■■■。
霊脈魔力。
霊脈魔力以外の魔力を感知。魔力保持者の生命反応無し。
属性は鬼胎。
感知魔法使用者に異常発生。
魔法生命『大百足』。魔法名【七巻神殺大百足】の魔力残滓と断定。
蒐集開始。蒐集完了まで感知魔法使用者は待機。
作業完了まで一刻。繰り返す。――作業完了まで一刻。
ミレル湖近くには森がある。
霊脈であるミレル湖の魔力の恩恵を得るため、トラペル家が幾度退治しても魔獣達はそこを住処とし続けている。
ミレルという町の開拓するべく魔獣達の住処を追いやったトラペル家だが、この森はあえて残しているからだった。
何故か?
魔獣達の領域を完全に侵さないことで、生息する魔獣達の存在と動向から侵入者を察知し、森そのものを防壁とするトラペル家の知恵だった。
「いい夜じゃな」
「――ッ!?」
だからこそ、この邂逅は必然だ。
魔獣の動向に敏感なトラペル家とミレルの民が、ここ最近の魔獣の動きの変化に気付かないはずがない。魔獣達の動きの変化が、ここにいるべきではない侵入者によるものだという結論を出すのに時間はかからなかった。
「こんな月が綺麗な夜に森の中に閉じこもってるなど勿体ない! ほれ、森の外に出るといい、綺麗じゃぞ」
森の中に漂う夜気に緊張が走った。
妙な喋り方をする男が闇の中から話しかけてきている。
ミレルに訪れたカンパトーレの魔法部隊ホウマツの五人は、予想だにしていなかった事態の動揺を闇に映してしまう。
どちらにせよ、今ここを動くわけにはいかない。
この部隊が命じられた命令は魔法生命・大百足の魔力残滓の回収。その完了まで一刻。回収のための魔法を使っている一人は特にこの森から出るわけにはいかなかった。
「なんじゃ? 出ないのか? 勿体ないのう」
「――どなたでしょう」
この森にあるのは闇だ。ミレル湖の光すらここには届かず、月光を自然の天蓋が遮り、一度入れば木々の影に怯え、そよ風は亡霊の吐息を思わせる……生命を隠し続ける闇の中。
言葉を交わす互いの姿など当然見えていない。
見えていないはずなのだが……部隊員の中にはその声に聞き覚えがある者もいた。
部隊員の一人が、突如自分達に話しかけてきた声の主に問うと。
「儂か? なあに大したもんじゃない」
その声の主は答える。
瞬間、闇から聞こえてくるその陽気な声に部隊員五人は妙な畏れを抱き――
「儂の名はヤコウ。トラペル家の雑用係で――かつてヤコウ・ヨシノと名乗っていたものじゃ」
相手の名に明確に戦慄した。
――闇の中に、黒く輝く瞳が浮かび上がる。
「ひ――ッ!!」
「お、おい!?」
部隊員のうち二人が脱兎の如くその場を駆け出す。
その瞬間の判断が彼らの命運をわけた。
「『狂水面屍人踊』」
闇の中から、恐れを糧にする魔法の声が響く。
「ひっ!? あ……! いやだああ!!」
「な、なんだこれ!? なんだこれぇぇぇ!!」
「きゃああああ!?」
残った三人が立っていた場所が地面から水面に変わる。
その水面の下に蠢くは亡者の軍勢。生者許すまじと骨と皺ばむ皮だけの手を三人に伸ばしていた。
見たくないものを隠せる闇の中で、骸と亡者の幻影が三人の目にはっきりと映し出される。
亡者が足を掴む。骸が呪う。引きずり込みながらけたけた笑う。
死。死。死。
亡者が跋扈する水面の下は三人にとって死の世界にしか見えず、精神を急速に削っていく。
…………魔力を感知すべく展開していた感知魔法を維持できるはずも無い。
「ははーん……逃げたのは常世ノ国の残党といったところか。一目散に駆け出したところを見るとどうやらこの魔法を知っていたらしい」
三人は亡者に体を絡めとられながら、近寄ってきた声の主を見上げた。
「――!! お、マえ――!?」
「どっかで会った事があるのかもしれんが、そりゃ儂じゃない。あの毒蟲に体を乗っ取られた時に会ったのじゃろう。儂が大百足としてコノエにいた時にな」
そう、三人が目にしたかつて自分達と同じ組織コノエにいた時に見たことのある顏。
ヤコウ・ヨシノとは名乗っておらず、大百足として恐れていた宿主の顔があった。
「に、にに、にげタやつラガ報告を……」
自分達は敗北した。だが、ここに大百足の魔力残滓がある事は確認できている。
ならば自分達が捕縛されても半分は任務達成。危機を察してここから離れた残りの二人がカンパトーレまで逃げかえれば情報だけでも価値はある。
「ああ、そりゃ無理じゃ。あっちのほうは――」
「兄さん」
部隊員である三人は水面に引きずり込まれる幻影に恐怖しながら、もう一つ現れた声の主のほうを見る。
「二人逃げて来ましたけど、他にもいますか?」
「あ……! あア……!」
そこに居た白い魔力光を纏う白い髪の女性を見て一人が絶望の声を上げる。
何故ならその女性の両脇には、今さっき逃げた残り二人の部隊員が意識を失ったまま抱えられていたのだから。
「おお、シラツユ。いや、ここにいたのは五人だけじゃな」
「それならよかったです。常世ノ国の魔法を使ってきたのでやはりコノエで間違いなさそうですね」
シラツユは気絶した二人の部隊員をてきとうに放り投げる。
自分達が完全に失敗した事を悟り、意識があった三人も自分が亡者に引きずり込まれる幻影を見ながら、その意識を手放した。
「これ生きておるのか?」
「生きていますが……呪法がかけられているでしょうし、生かす意味は無いと思います」
「それもそうじゃな」
「生かすにしても一人か二人でいいのではないでしょうか?」
「ならこの一番喋ってた指揮官ぽいやつと……この女子だけ生かしておくかの」
闇の中、物騒な選定が行われる。
トラペル家に引き渡すための人間二人だけを残して、残り三人の命運はあっさりと決まってしまった。
「坊ちゃんに言い訳する必要があるかのう?」
「私達が撒いた種を刈り取っているわけですから……正直にお話しして一緒に怒られましょう」
「怒られるじゃろうなあ……」
「怒られるでしょうね……」
カンパトーレの魔法使い部隊を処分するよりも、今仕えている主人に怒られることのほうを恐がっている二人。こころなしかトラペル邸に戻る足取りは重かった。
自分達が魔法使いであることを隠していた闇から出て、常世ノ国の元貴族シラツユ・コクナとヤコウ・ヨシノはトラペル家に仕える平民へと戻っていく。
いつも読んでくださってありがとうございます。
リクエストでミレル組の近況とあったのですが、本編のほうで書いてしまいますので今までの短編とは違う雰囲気のお話をミレルのシラツユとヤコウで書きました。
本編もよろしくお願い致します。
白の平民魔法使い
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