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『エルミラ』

リクエスト頂いたエルミラ・ロードピスのお話になります。

 世の中ってほんと糞よね。

 揺れる馬車の中で私はそんな事を思ってた。

 ガタガタガタガタ。悪路を行くベラルタへの馬車はずっと揺れている。


 先祖から続く借金だけならまだいい。

 無謀な事業に失敗して借金を増やす父親に、散財した上に金目のものを根こそぎ持ち出して逃げた母親。

 せめて親のどっちかくらいはまともなのを寄越してくれたなら、こんな事も思わなかったんだろう。

 採算の目途が立たない事業はギャンブルだっていい大人なのにわかんないのかしら……。

 まぁ、それでも……母親に比べれば父親を責める気にはならない。

 糞だとは思うけど、貴族らしからぬうちの生活を考えれば一発逆転に縋る気持ちはちょっとだけわかるから。

 それに、暴力とかはされなかったし。


「すいません、揺れがひどくて」


 馬車の御者が言った。

 すいませんと言ってる割には申し訳なさそうな雰囲気は無い。

 さっきからガタガタガタガタ……いつになったらこの悪路を抜けるのだろうか。


「いいわ、気にしないで」


 私が初等教育を終えた頃……私の母親は逃げ出した。

 子供の時の私には母親が出ていく兆候は正直わからなかったけど、ただでさえ寂しい我が家が空っぽになった事を覚えてる。

 ま、今となってはどうでも……いいけれど。


「すいません、もう少しで抜けますから」


 がたがたがたがた。馬車の揺れがひどくなる。


「気にしないで」


 そう言いつつも少し苛ついていた。

 こんな事を何で馬車の中で考えてしまったのだろうか。


「不平等ですよね。こんな道を通らなきゃいけないなんて」

「そうね」


 没落貴族。そんなレッテルを生まれた時から貼り続けられている。

 生まれた時からどうにも出来ない家の事情。借金。散財。

 金も領地も無いのに、家名と魔法の才能だけがあるから貴族として途絶えはしない。

 けれど、暮らしはそこらの平民以下。

 貴族としての生活は私が初等教育を終えるまでだった。それまでは、教師を雇うお金もあったけれど……昔の話だ。

 他の家のように使用人はいないし、パーティなんて行った事も無いし開けない。

 横のつながりは父が事業に失敗して借金を膨らませた瞬間、完全に途絶えた。

 同時に、母親が逃げた。

 ロードピス家の名前はそこで完全に貴族界隈から消えたようで、幸か不幸か私の母親が逃げた事が大きな噂にはならなかった。

 私は、当然母親を憎んだけど。

 だから、お母さんって呼ぶのもやめた。

 あいつが私の母親である事は変わらないから余所余所しく名前で呼んだりはしないけど……せめてもの抵抗として私はあいつを母親とだけ呼んでいる。


「ガキよね……私」


 私はこうして、ただでさえ少ない人間関係さえも自分から突き放してる。

 友達もいないのに家族まで他人のように、ただの続柄として呼ぶだけの子供じみた抵抗しかできない自分が情けない。

 子供の時からそうだった。周りからかっこ悪く映りたくなくて……外でやる乗馬や魔法の練習にはいつもより気合いを入れるような、そんな情けないやる気を出してたのをよく覚えてる。

 救いは私には魔法に関する事だけは才能があって……魔法だけはかっこ悪くなかった事だろうか。

 それでも、練習している私を遠巻きに見る近くの平民達の目は冷たいまま。

 私は同年代の子と友達になりたかったけれど……こんな中途半端な貴族と関わるような事はしようと思う子はいなかった。


「ここら辺は悪路が続きますね」


 ガタガタガタガタ。

 馬車はずっと揺れている。


「ええ、本当に」

「でも、すぐに揺れなくなりますよ」

「それならいいんだけど」

「ええ、何せ……これから行く先にはあなたの望んだものが待っていますから」

「はい?」


 私は苛立ちをつい表に出してしまう。

 ただ迎えに来ただけの馬車の御者が一体何をわかったような口を利いているのかと。


「あんたに何がわかるのよ」

「わかるわよ」


 御者の口調が突然変わった。

 いや待って? 今の声は?

 困惑している私に構うことなく、乗客席の扉が開く。

 開けたのは勿論、馬車の御者のはずなのだが馬車の御者であるはずが無かった。

 私と話す誰かが、乗客席に入ってくる。


「だって、私……ベラルタに来てからずっと――」


 私が驚いたのは言うまでもない。

 何故ならその馬車の御者は――満面の笑みを浮かべた私だったのだから。

  











「ん……」

「あ、起きたー」

「ふふ、おはようございますエルミラ」

「おはよう、エルミラが居眠りなんて珍しいね」

「確かに」


 ここは?

 私はキョロキョロと辺りを見回す。

 そうだ。ここはミスティの家。

 学院が終わった後に遊びに来て、お茶飲んでお菓子食べて……それで……そのまま。


「私、寝ちゃってたんだ……?」


 温かいと思えば私の体には肌触りのいい毛布がかけられている。高級なソファも相まって下手なベッドより快適だ。毛布はきっとミスティの使用人のラナさんが持ってきてくれたのだろう。

 窓の外を見れば日は落ちかけており、ベラルタの街は橙色に染まっていた。


「さっきのは……」


 さっきのは……夢?

 いや、当然か。

 乗客席にいたのも私なら馬車の御者も私なんて夢でなければ有り得ない。

 ベラルタに来る時の記憶と、嫌な記憶がごっちゃになって夢になったのだろうか?

 ……でも何故だろう。

 嫌な事を思い出した夢だったはずなのに、寝起きは悪くない。むしろ気持ちよく起きれたような?


「ごめん……」

「いいんですよ。疲れていたのかもしれません」

「ぐっすりだったねー!」


 私から毛布を受け取りながら微笑むミスティ。

 からかうように隣で笑うベネッタ。


「お茶は流石に冷めちゃったね」


 最初はちょっと気に入らなかったルクス。


「お菓子はベネッタが食った」

「あー! アルムくん言わないでよー!」


 そして……私と皆を引き合わせてくれたきっかけのアルム。

 寝ぼけ眼で見る四人の姿に何だか安心して、私はつい顔が綻んでしまっていた。


「あらエルミラ……どうされたんですか?」

「ん? なにが?」

「お菓子を食べられてしまったというのに……なんだか、嬉しそうですよ?」


 私は家族には恵まれなかったけど、どうやら友達には恵まれたらしい。

 この人達に出会う為に、今までの人生があったのだとすれば。


「んーん。なんでもないわ」


 まぁ、それも悪くないかなって。

 そう思えるくらいに……私は今幸せな時を過ごしている。このベラルタという街で。

読んで頂きありがとうございました。

エルミラの過去をほんの少しだけお見せしたお話になります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほっこり 過去は消えないでしょうがエルミラが今良かったと思えてるならそれでいいのだ [一言] 本編がすごいことになっている中でも更新いただき感謝です
[良い点] どこかで帳尻の合う人生。 少しでも黒字になればそれは幸せですね。
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