すべての料理スキルを手に入れるためにレベルカンストした最強料理人は、冒険者付き料理人になって究極の料理を追及することにしました
ここは森林ダンジョン。
私たちは冒険者ギルドの依頼を受けて調査に訪れていた。
「神官ちゃん、回復!」
「はい! 『ヒール』!」
私のスキル『ヒール』が、剣士さんの足の傷をいやす。
「……よし、これなら戦える。食らえ! 『スラッシュ』!!」
剣士さんは巨大カエルのモンスターとの間合いを一瞬で詰めると、両手剣を斬り下ろす。
ズシャッ! という音がして、長い両刃の剣で体を左右真っ二つにされた巨大カエルは、鮮血をまき散らし、はらわたをボトボトと地面にこぼしながら倒れた。
私たちはモンスターとの戦闘に勝利した。
「ふう……なんとか倒せたな。助かったよ神官ちゃん」
「そんなことないですよ。私、回復しかできませんから」
「いやいや、ヒーラーがいるからこそ、僕たちが果敢に前に踏み込めるんだよ。頼りにしてるよ」
そう言って私にほほ笑んだ剣士さん。
私はブンブンと首を横に振って否定する。
「頼りにしてるのは私の方です! 冒険者ギルドで右も左もわからずに困っていた新米の私をパーティに誘ってくれたのも剣士さんですし……。とにかく剣士さんこそスゴイです! あんなに大きなモンスターをひと振りで真っ二つにしちゃうんですから!」
私が褒めると、剣士さんはちょっと恥ずかしそうにしてほおをかいた。
そこへ不満そうな顔をした槍使いさんが近寄ってくる。
「おいおい、俺のことも褒めてよ。俺があのバカでかいカエルの足を槍で貫いたから、動きが鈍って剣士が攻撃できたんだろ?」
「あ、そうでした。槍使いさんもカッコよかったですよ」
「じゃあご褒美に神官ちゃんのチューを俺にちょうだ――」
パーティの中で一番長身の槍使いさんは、長い槍を器用に扱う実力者なのだけれど、ちょっと女たらしで、今も私に抱き着こうとしてきた。
けれどその瞬間を見計らったみたいに、弓使いさんに脇腹をヒジで小突かれる。
「――イテッ!? ……なにすんだよ弓使い」
「なにしてるのか聞きたいのはこっちですよ」
「活躍したからかわいい女の子にご褒美をもらうだけだが?」
「なにを当たり前みたいに言ってるんですか。神官ちゃんはあなたの恋人じゃないでしょう?」
「恋人じゃなくっても別にいいだろチューくらい。かわいい女の子に褒められる、それが俺のモチベーションなの!」
「代わりに神官ちゃんのモチベーションが下がりますよ。まったくあなたは、どうして槍の腕はあんなに品があるのに、女性関係はこうも下品なんでしょうか……」
頭の回転が速くて常に冷静な弓使いさんでさえも、槍使いさんの女癖の悪さにだけはかなわないと、今日も頭を抱えていた。
「槍使い、冗談はそのくらいにしてやれよ。巨大カエルとの戦闘は終わったが、僕たちが受けた今回の依頼の目的はカエル退治じゃなくって、この森の調査なんだからな。気を引き締めて奥に進むぞ」
剣士さんがそう言って歩き出すと、槍使いさんと弓使いさんもあとに続く。
巨大カエルの死骸のそばでナイフを取り出す、5人目の人物を置き去りにして。
「……あの、待ってください! まだ料理人さんが来てませんよ?」
剣士さん、槍使いさん、弓使いさん、この3人に、新米冒険者の神官である私を加えた4人が、このパーティの正式なメンバーなんだけど、他にもう1人、冒険者付きの料理人さんが帯同している。
防具も装備せずに、とても大きなカバンだけを背負った料理人の彼は、巨大カエルの死骸にザクザクと一心不乱にナイフを突き立てていた。
槍使いさんが振り返って答える。
「ああ、あいつはいいんだよ。放っておけば」
「でも、1人じゃ危険なんじゃないですか……?」
弓使いさんは振り返ることすらしない。
「かまいませんよ。彼の身を守ることは、僕らとの契約にはありませんでしたから」
「彼は冒険者付き料理人として雇っているだけであって、僕たちの正式な仲間じゃないからね。勝手な行動をしてもとがめないし、こっちも彼の身の安全は保証しないって約束なんだ」
私のことはかいがいしく面倒をみてくれた剣士さんも、料理人さんには声をかけようとすらしなかった。
冒険者付き料理人。
それはダンジョンに長期遠征する冒険者のパーティに帯同して、冒険者の食事を用意する料理人のことだ。
冒険が長引けば持ち運んだ食料だけじゃ足りず、食料は現地調達が必要になる。
けれどダンジョンには、普段私たちが食べているような動物はほとんど生息しておらず、手に入る食材の大半はモンスターだ。
普通の料理人なら絶対に食材として扱わないモンスターという、癖のある食材をおいしく調理するのが、冒険者付き料理人の仕事になる。
「でも待ってあげるくらいなら……」
「神官ちゃんが気にすることじゃないよ。この契約は、彼自身が言い出したことだから」
「料理人さんがですか?」
「ああ。彼は料理の腕は確かなんだが、ちょっと変わり者でね。最初は僕たちも彼に歩み寄ろうとしたんだけど、契約にないことは口を出すなって言われてしまって、そこからは彼と一定の距離を保つことに決めたんだ」
剣士さんは料理人さんを嫌っているふうではなかったけど、仲良くなることを諦めている感じはした。
確かに料理人さんは、愛想が悪いし口数も少なくて、私もすでに何度か無視されてるけど……。
「スキルなんてそうポンポン習得できるものじゃないってのに、冒険者付き料理人は、数あるスキルの中でも料理スキルばっかり獲得する変人だぞ? 戦闘系のスキルばっかり手に入れたがる俺たちとは、ハナっからわかり合えるわけがないんだよ」
素っ気ない態度の槍使いさんに、弓使いさんが指摘する。
「とはいえ、それでも今日まで僕たちのパーティに帯同できているんですから、それなりに戦闘スキルも使えるんじゃないですか? 使っているところを見たことはありませんが。……それにそもそも、あなたが積極的にわかり合おうとするのは女性だけで、相手が女性だったら変人でもかまわないんでしょう?」
「当たり前だろ。たとえば神官ちゃんがどんな悪女だとしても、俺は置き去りにしない自信がある。だから神官ちゃん、俺の前ではホントの自分をさらけ出してもいいんだぜ」
「えーっと……あはは……」
料理人さんのことは気がかりだったけれど、新米である私にとってはこれが初のダンジョン攻略。右も左もわかんないんだから、剣士さんたちの言うことに従おうと思う。
それに、すでに何度もダンジョンに入っているであろう料理人さんの方が、私なんかよりもベテランなんだから。
私は剣士さんたちと同じように料理人さんに背を向けて、さらに森の奥へ進んだ。
▼▼
森林ダンジョンは深い森になっていて、周囲は木々ばかりで景色がさっぱり変わらず、どれだけ進んだのか実感しにくい。
そのためか、それほど移動していない気もするけれど、私たちは普段よりもずいぶんと疲れていた。
槍使いさんなんて、武器の槍を杖みたいについている。
「……なあ、いったん休憩しようぜ? 今モンスターに襲われたら、全力なんて出せねぇよ」
「僕も同感です」
「そうだね。ひとまず休憩にしようか」
剣士さんがそう言ってくれたので、私たちは休息をとることに決めた。
森の中にいると、時間の概念がどうも薄くなるらしい。
高い木々が太陽の位置をはっきりと認識させないし、周囲が同じような景色であることも、同じ時間を繰り返しているような錯覚を与えてくる。
それでも私のお腹だけは時間に正確で、そろそろお昼の時間だよと、グーッと鳴る。
「あ、お腹が……」
聞かれちゃったかなと、私は恥ずかしくなりながらお腹を押さえる。
でも剣士さんたちには聞こえていなかったみたいで、みんなの顔を順番に確認したけど、誰も気づいていた様子はなかった。
……1人を除いては。
「食事にするか?」
「きゃあっ!? ……って、なんだ料理人さんか。もう、びっくりした……」
いつの間に追いついてきたんだろう。
料理人さんは私のすぐ後ろに立っていた。
「そうだね。頼むよ」
私の代わりに剣士さんが言うと、料理人さんはうなずいて、背負っていたカバンを下ろしてたき火を始めた。
「でも食材がありませんよ? 私たちは食料なんて持ってきてませんし、ここには食材になるモンスターも見当たりませんし、食べられそうな野草や果物もどこにも……」
「食材ならある」
料理人さんはそう言って、カバンから生肉を取り出した。
「お肉を持ってきてたんですか? でもそんな新鮮そうな生肉をどうやって……?」
「さっきお前たちが倒した、カエルの足を解体しておいたんだ」
料理人さんの大きなカバンからはさらに、包丁、まな板、フライパン、人数分の金属の皿やフォークまでも次々と出てくる。
料理人さんが作ってくれたのは、カエル肉をさばいて、塩とコショウ、数種類のハーブを刻んでフライパンで焼いただけの料理だったけれど、できあがった料理からは、この世のものとは思えないほど食欲をそそる香りがしていた。
「カエル肉のソテーの完成だ。食べていいぞ」
「いただきっ!」
「あっ!? なにしてるんですかはしたない!」
われ先にと料理に飛びついたのは槍使いさんで、それをとがめる弓使いさんも視線はカエル肉のソテーから離せない。
「はいどうぞ、神官ちゃんの分」
「ありがとうございます」
取り分けてくれた剣士さんからお皿を受け取った私は、いい香りに鼻孔をくすぐられて体は目先の欲に従順になりながらも、やはりモンスターのカエル肉ということで、一抹の不安を感じながらおそるおそる口に運んだ。
もぐもぐもぐ……。
……あ、おいしい。
一口食べただけで、私のカエル肉に対する偏見は吹き飛んだ。
味は鶏肉に似ていて悪くないし、火の通り加減も絶妙、それに優しい香りのハーブがいっそうおいしさを引き立てている。
まさかダンジョンの中でこんなにおいしい食事にありつけるなんて思ってもいなかったから、私の舌は口の中で飛び跳ねるくらいに喜んでいた。
剣士さんたち3人も、夢中になってカエル肉のソテーを食べている。
けれど料理人さんだけは私たちから少し離れたところに座って、彼だけがカエル肉のソテーを食べないでいた。
私はそれが気になって、料理人さんのとなりに座って声をかける。
「料理人さんは一緒に食べないんですか?」
「……俺は作るのが仕事だから一緒には食べない。それに料理は四人分で作ったから、俺が食べるとお前たちが摂取できる栄養が不足し、体力の回復にも影響するだろ。そうなると俺が仕事をし損ねたことになる。その料理はすべてお前たちのものだ。味わって食べてくれ」
「こんなにおいしいのに……」
「それは知っている。俺が作ったんだからな」
料理人さんは、カバンから干し肉を取り出して、自分だけそれをかじりはじめた。
「じゃあそれ、私にも一口ください。代わりに私のカエル肉を料理人さんに一口あげますから」
「……この肉を? かまわないが……」
「いただきます!」
料理人さんはちょっと戸惑っていたけれど、私は半ば強引に料理人さんの食べかけの干し肉にかじりついた。
料理人さんは緊張した面持ちで訊いてくる。
「……どんな味がする?」
「ん、とてもおいしいです!」
でもなんのお肉なんだろう。食べたことのない味だ。
きっと料理人さんは私が食べたことのない色んな食材を知っているんだろうな。
「……そうか。それはよかった」
料理人さんは緊張を解いて、ホッと息を吐く。
普段は仏頂面だから気付かなかったけれど、料理人さんって近くでよく見ると……けっこう可愛い顔かもしれない。
「あの……料理人さんは、なんで料理人になろうと思ったんですか?」
「……どうしていきなりそんなことを?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと気になって……。ほら、冒険者付き料理人って普通の料理人と違って、硬い外皮のモンスターとかをさばくから料理スキルが必要じゃないですか。でもスキルを獲得するには、冒険者と同じようにモンスターとの戦闘でレベルアップが必要ですし、わざわざ冒険者付き料理人になりたがる人ってめずらしいなと思って」
「なんだ……そういうことか。人に自慢できるような理由でもないんだが……」
「嫌ならいいんですよ。いきなり訊いた私が不躾だったんですから」
「いや……別にかまわない。昔、父と一緒にした最高の食事が忘れられなくてな。その味を超える食事を、俺はずっと求めているんだ。そのためには料理人としての腕だけではなく、食材を特殊な方法で加工や調理のできる料理スキルが必要だと考えて、冒険者付き料理人になったんだよ」
「へぇ。ってことは料理人さんは、食べるのが好きなんですか?」
「そうなるな。もちろん、人に食べさせるのも好きだけれど」
「じゃあ私にもいつか食べさせてくださいね。料理人さんの求める最高の料理」
「……ああ。キミがそう言ってくれるのなら……必ず」
料理人さんはちょっと照れ臭そうにうつむいて、私から目をそらしながら嬉しそうにほほ笑んだ。
変な人なのかと思っていたけど、なんだ、案外いい人みたい。
「あ、それと話は変わりますけど、料理人さんって足が速いんですね」
「……足?」
「だって私たちが料理人さんを置き去りにして先に進んじゃったのに、いつの間にか追いついていたじゃないですか。私たちに追いつくために走ってきたんでしょう?」
「いいや。巨大カエルを解体してから普通に歩いていたら、少し進んだところで立ち止まっていたお前たちに追いついただけだが?」
「え? でも私たち、ずっと歩いて進んでたんですよ?」
「まさか。ここはさっき巨大カエルを倒した場所から少ししか移動してないはずだぞ?」
私たちの話を聞いていたらしい剣士さんが、カエル肉のソテーを食べていた手を止めて、真剣な顔付きに変わった。
「……マズいな、料理人のその話が本当なら、どうやら僕らは同じところをぐるぐると回っていたことになる」
「なるほど、この異常な疲れもそのせいですか」
弓使いさんも顔をあげて、周囲を警戒したような目に変わる。
「それって……どういうことですか?」
みんなの緊張感が急激に高まるのは感じ取っていたけれど、肝心のその理由がさっぱりわかっていない私に、槍使いさんは立ち上がって槍を手に臨戦態勢に入りながらこう言った。
「俺らはすでに、モンスターの罠に捕まってたってことだよ」
直後、周囲からざわざわと木々の騒めく音がして、私たちは襲撃を受けた。
「危ない!」
叫んだ料理人さんがとっさに私を押し退けると、足下を這って近づき、そして鋭く突きあがってきた木の根に、私の持っていた金属のお皿が貫かれる。
料理人さんの腕が私を押し退けてなかったら、穴が開いていたのはお皿じゃなく私の頭蓋骨で、地面に飛び散っていたのはカエル肉のソテーではなく私の脳味噌だったんだと思うとゾッとする。
「……あ、ありがとうございます料理人さん。おかげで助かりました」
「気を抜くな。まだ助かってないぞ」
剣を抜いた剣士さんが、私を襲った木の根を剣で断ち切った。
「来るぞ!」
周囲の景色が不自然に動きながら近付いてきた。
そんな勘違いを起こさせるほど、敵はすぐ側まで近づいていた。
私たちを襲ったのは、一見普通の木にしか見えない姿をした、樹木のモンスターだった。
樹木のモンスターは集団で生息し、普通の木々に擬態すると周囲の景色を上手く変化させて迷路を作り、迷って堂々巡りをする獲物を衰弱させて襲う。
どうやら私たちもその罠にかかっていたみたいだ。
だからすでに私たちは大群の樹木のモンスターに取り囲まれていて、ざっと見渡しただけでも30体ほど確認できる。
樹木のモンスターは木の根を地面の上に出して、根っこで歩くように移動するけれど、それが意外と器用な動きでなめてかかるとほんろうされる。
剣士さんと槍使いさんは近付いてきた樹木のモンスターの相手を、弓使いさんは遠距離から攻撃を仕掛けてくる樹木のモンスターに牽制を、そして私が回復と、私たちはうまく連携しながらしばらく戦っていたけれど、樹木のモンスターたちも互いに連携し、どうにか私たちの輪を乱そうとしてくる。
おかげで気がつけばさっきの場所から大きく移動してしまっていて、料理人さんとははぐれてしまい、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
「あの、料理人さんがいませんよ!」
「さっきの襲撃の最中、うまく分断されたみたいだね」
「助けに行きましょう!」
次々と襲い来る木の根を断ち切っている剣士さんに余裕がないことはわかっていたけれど、私はそう言わずにはいられなかった。
槍使いさんが樹木のモンスターの幹に槍を突きたてながら言う。
「あいつは放っておけ! 今は目の前の敵だ! 俺たちも余裕なんてないんだからな!」
「っ……それにどうやら、こっちに割かれた戦力が本命みたいですよ」
弓使いさんは矢の本数よりも多いモンスターの数に、めずらしくイラ立った表情をしてみせた。
「……それでも私、助けに行ってきます!」
ほとんど料理スキルしか使えない料理人さんが樹木のモンスターを相手に勝てるとは思えないし、もうすでに襲われて怪我してるなら、助けてあげられるのは私しかいない。
見捨てるなんてできない。
今はなんとか逃げられていたとしても、時間が経てば経つほど料理人さんが殺されてしまう確率は高くなる。
正式なパーティじゃないとか、契約にないから助けなくていいとか、そんなのどうでもいい。
私に最高の料理を食べさせてくれるって約束してくれた。料理人さんを助けに行く理由なんて、それだけで十分だ。
決心した私が、どうにかして私たちを取り囲む樹木のモンスターたちの間を抜けて料理人さんをさがしに行けないかとタイミングを計っていると、剣士さんが私の前に立った。
「……もともと僕らは3人組だ。新人の神官ちゃん1人がいなくてもこの場はどうにかなる。僕たちが1体でも多くこいつらを引きつけておくから、料理人は神官ちゃんに任せたよ。2人もそれでいいよね?」
「さっさと行け。こんな奴ら、俺1人でもどうにかできそうだ」
「強がりを……ですがまあ、負ける気がしないのは同感ですね」
「みなさん……!」
剣士さんのスキル『スラッシュ』が、樹木のモンスターの体を真っ二つに切り裂き、包囲網にわずかな抜け道ができた。
「今だ!」
「はい!」
真っ二つにされて倒れた樹木のモンスターの間を走り抜けて包囲網から抜けた私は、料理人さんをさがす。
木々のどれが本物でどれがモンスターなのか一目では判断がつかず、襲われないか緊張しながら200メートルほど走ると、たき火を見付けた。
カエル肉のソテーの乗っていたお皿が辺りに4つ、ひっくり返っている。
たき火の近くにいた料理人さんは無事で、倒れた樹木のモンスターをナイフで解体している最中だった。
「……興味本位で解体してみたけど、モンスターとはいえ体は木に変わりないのか。切り開いてみても内臓はなさそうだし、さすがにこれは食べられそうにないな……」
「これ……料理人さんが倒したんですか?」
私たちでも苦戦した樹木のモンスターがバラバラに解体されて、ピクリとも動かず倒れている。
それも1体や2体ではない。
料理人さんの周りには、すでに10体ほどの樹木のモンスターが倒れていた。
「他に誰がいるんだ?」
「本当にこれを……料理人さんが……?」
私がおどろいていると、倒れていたはずの樹木のモンスターの1体が突然動いた。
木の枝がしなって伸び、ムチのように料理人さんに襲いかかる。
「ッ――!」
「料理人さん!?」
バチンと破裂するような音がして、ムチのような枝に胴体を叩かれた料理人さんは、軽々とはじき飛ばされて地面を転がる。
その衝撃は、体が真っ二つに引き千切れてもおかしくないほどに思えた。
けれど料理人さんは何事もなかったかのように、むくっと平然と起き上がる。
「……まだ生き残りがいたか」
攻撃を受けたのは自分なのに料理人さんは極めて冷静で、攻撃してきた樹木のモンスターのそばまで行くと、手にしていたナイフを突き立てて止めを刺した。
「体が樹木なだけに生命力は強いな。どこかに生命の核となる部分はあるのだろうか? 血が流れないから判断が難しいが……」
「あの、体は大丈夫なんですか? すごい衝撃で飛ばされましたけど……」
「平気だ。気にしなくても俺はこの程度じゃ死なない」
「でも攻撃されてましたよね? 見せてください、怪我なら私が回復しますから!」
心配になった私は強引に料理人さんの服をめくるが、料理人さんの体には傷どころがアザの1つもなかった。
「……いつまでそうしてジロジロと見ている気だ?」
「あっ!? ごめんなさい!」
「心配しなくても大丈夫だ。すべての料理スキルを手に入れるためにレベルカンストしてるから、この程度の相手なら防具なしでもダメージが入らないんだ」
「レベルカンスト……って! 料理人さん、私たちよりもはるかに強いじゃないですか!?」
レベルカンストなんて、冒険者の中でも最高峰クラスの実力者じゃないと到達できないのに。
冒険者でレベルカンストしてるのはほんの一握り、片手で数えられるだけしかいないし、冒険者界隈では全員が有名人だ。
まさか料理人さんがそのクラスの実力者だったなんて……。
「それよりお前は1人なのか? 他の3人はどうした?」
「私を料理人さんのところに行かせるために、3人だけで樹木のモンスターを引き受けてくれたんです」
「……だったら早く3人のところに戻ろう。もしかしたらもう、手遅れかもしれないが――」
料理人さんの不吉な予感は的中してしまう。
私たちが剣士さんたちのところに戻ると、すでに戦闘は終わり、樹木のモンスターたちはいなくなっていた。
誰もおらず、代わりにそこにあったのは、バラバラになった人間の肉片だった。
剣士さんだったものらしい頭。
槍使いさんだったものらしい胴体。
弓使いさんだったものらしい下半身。
すでに私のスキル『ヒール』では、強引に繋ぎ合わせたところで治療できる状態にはなく、どの肉片も樹木のモンスターに体液をすべて吸い尽くされていた。
後悔と一緒に、吐き気が込み上げてくる。
口元を手で押さえながら、私は足を震わせてその場にへたり込んでしまう。
「私が……私が勝手なこと言っていなくなったから……」
「彼らとさっきのモンスターじゃ、レベルが違い過ぎたんだ。新米の神官1人の力じゃ、ここに残っていたところで結果は同じだ」
「冒険者になるって決めたときから危険なのはわかってたはずなのに、仲間が死ぬのがこんなにつらいなんて……。みなさん、私によくしてくれたのに……」
「いったん町に戻ろう。ギルドからの依頼も、樹木のモンスターが原因だったんだろうからな」
ギルドの依頼は、森の異変を調査してくること。
原因である樹木のモンスターを発見できたんだから、倒さなくても依頼は果たせる。だけど……。
「どうした?」
「……倒します。剣士さんたちを殺したあのモンスターたちを。一匹残らず」
「罪悪感か?」
「他にも襲われて帰ってこなかった人がいたから、ギルドに依頼されたんですよ。少しでも早くあいつらを倒さないと、剣士さんたちが死んだ意味がないじゃないですか」
「止めても無駄か?」
「ひとりでも戦います」
「……それじゃあ俺も行こう。俺ならあいつらに殺されることはない。それに……」
料理人さんは言い淀んで、私からプイッと目をそらした。
「それに? なんですか?」
「……俺の料理をほめてくれたお前に、死なれたくない」
みんなが殺されたこんなときなのに、ちょっと照れ臭そうにした料理人さんの顔に、私は思わずドキッとしてしまっていた。
▼▼
それから私たちは、二人で協力して樹木のモンスターを討伐した。
……とは言っても、ほとんど料理人さんの活躍だったけど。
樹木のモンスターをすべて倒し、町の冒険者ギルドに戻って報告を済ませた私たちは、ギルドの外に出た。外はすっかり暗くなっていた。
「今日はありがとうございました、わがまま言ってごめんなさい」
「気にするな」
「それじゃあ……私は、これで」
月明りに照らされた料理人さんの不愛想な顔。この顔をもう見られなくなると思うと、私は途端に料理人さんと別れるのが名残惜しくなった。
料理人さんは剣士さんたちが雇っただけだから、私とのパーティはここでいったんおしまい。
私や料理人さんが次に組むパーティが同じだったら、また一緒に冒険できるけれど、そうじゃなかったら、共通点のない私たちが交わることはない。
だからもうちょっと一緒にいたい。
せめて今夜くらいは……。
それはきっと料理人さんも同じ気持ちで、家の方に向かって歩き出した私を、料理人さんが呼び止めた。
「待ってくれ!」
始めて聞く料理人さんの大きな声に、私はちょっとびっくりして振り返る。
料理人さんも思わず声が出てしまったというような顔で、自分自身におどろいていた。
「どうしたんですか?」
「あ、いや……なんて言葉にしていいのかわからないんだが……」
「言葉にしてくれないとわかりませんよ」
「……お前とここで別れたくない」
料理人さんはあんなに強くて料理もうまいのに、女の子を相手にした男の子としては、ずいぶんと初々しく思えた。
「なんでこんなこと言い出すのか不思議に思うかもしれないが……というか俺自身が一番不思議な気持ちなのだが……お前とは急造の相棒という関係で、本来ならここで別れて、次に参加するパーティで偶然俺が雇われない限り、またただの他人に戻るのが普通なんだろうが、なんだ……その……」
「その?」
「……俺は、お前が愛しいのかもしれない」
「ふぇっ!?」
てっきり、また会いたいとか、パーティを組もうとか、そんな感じのことを言ってくれるものだと予想していた。
愛しいなんて、そんな歯の浮くような真っ直ぐな口説き文句、言われるとは思ってなくて、私は顔がカーッと熱くなるのを感じていた。
「俺の料理をほめてくれたお前が、仲間想いのお前が、素直なお前が。強がりのお前が、愛しいと感じてしまったんだ」
「……りょ、料理人さんて、案外不器用なんですね。いきなり告白だなんて……うぇへへ、照れちゃうな」
「すまない……こういうのは慣れてなくって」
でも、女の人を口説き慣れてる料理人さんってのも、ちょっとイヤかも。
料理人さんは人との付き合い方が不器用なところが可愛いんだから。
「……でも、このまま料理人さんとお別れするのがイヤだったのは、私も同じですよ」
「そうか。そう言ってもらえてうれしいな。よかったら今から、うちにこないか? 料理をご馳走したいんだ」
「はい。ぜひ」
「そうか。ホントにうれしいよ。お前がそう言ってくれて」
「私もうれしいですよ、料理人さんが誘ってくれて――痛っ!?」
優しくささやいた料理人さんが私の腕に手を添えた直後、腕にチクッと痛みが走った。
すると途端に体に力が入らなくなって、私はその場に倒れそうになる。
料理人さんは私の肩に手を添えて、私をそっと受け止めた。
「っ……なにを……?」
「今日戦った樹木のモンスターの枝についていた毒の棘だ。どうやらマヒと睡眠の効果があるらしい。これでお前の腕を刺したんだよ」
「どうして……そんな……?」
「今はわからなくても大丈夫。すべて受け入れて俺に任せていればいい。俺はお前のことが愛おしいんだ。その気持ちを受け入れてくれるなら、これはただ、これからの時間をより一層上質なものに仕上げるための、単なる下処理の工程のひとつにすぎないんだから」
そう言いながら私のことを見詰めてくる料理人さんの、救いようのない冷酷さと拒絶したくなる不快な愛情の入り交じった瞳に、彼のいびつさの一端を垣間見たのだけれど、気づいたときにはすでに遅かった。
樹木のモンスターの毒が全身に回った私は、はって逃げることすらもうできない。
口調こそ優しかったが、料理人さんは異常者だ。
どうにかして逃げないと。
誰か助けて。
でももう夜も遅くて、周りには誰もいない。
叫ぼうにも声ができない。
イヤだ……私に触らないで……。
言いしれない恐怖を感じながらも、私は料理人さんの腕の中で、なすすべなく眠りに落ちた。
▼▼
目が覚めたとき、そこはどこかの建物の中で、私はテーブルの前でイスに拘束された状態で座らされていた。
太もも、両手首、お腹が革のベルトでイスにがっちりと固定されている。
ヒザには白いナプキンがかかっていて足下はまったく見えないが、もしかすると足首も固定されているかもしれない。
まだ体にマヒが残っているようで足の感覚が戻らず、本当のところはわからないが、とにかく逃げ出せそうにないことだけは理解ができた。
「ここは……どこ?」
「俺の屋敷だよ」
料理人さんは私の前にフォークとナイフを置きながら、落ち着いた声で答える。
「約束通り、お前を招待させてもらったんだ」
「……無理やり連れてきた、の間違いじゃないですか?」
「そう怖い顔をするな。可愛い顔が台無しだぞ」
私の怒りをあしらうようにほほ笑んだ料理人さんは部屋を出ると、料理の乗ったワゴンを押して戻ってきた。
私の前に琥珀色のスープが置かれる。
「あれからずいぶん時間が経ったから空腹だろう? これを食べるといい。お前のために作ったんだ」
肉や野菜をじっくり煮込んだスープらしく、とてもおいしそうな香りをしていた。
両手首を固定されていて腕の上がらない私の代わりに、料理人さんはスプーンでスープをすくうと、幼い子供に食べさせるみたいに私の口に運ぶ。
「さあ、飲んでくれ」
ここまでしておきながら、丁重に扱われていることがむしろ怖かった。
料理人さんの料理の腕は一流だけど、今となっては差し出されたこのスープもただただ気味が悪い。
料理人さんは私をどうしたいのだろうか。
そう思いながらも、私は唇の間を割ってくるスプーンを受け入れる。
「おいしいか?」
料理人さんの料理は相変わらずおいしかった。
……でも、素直においしいと答えてやるのは悔しかったので、私は料理人さんの質問を無視した。
「……なんでこんなことをするんですか?」
「お前が言ってくれたんだろう。俺の料理を食べたいと」
「……それは少なくとも、こんなふうに拘束されて無理やり食べさせられる食事じゃないですよ。料理人さんのやってることはおかしいです。異常です」
なにをされるかわからない恐怖はあったけど、怯えたら負けてしまう気がした。
だから私は強気を崩さずにはっきりと言った。
料理人さんは傷つきでもしたのか、少し残念そうにしながらスープを下げて、ワゴンを押して部屋を出る。
次に料理人さんが戻ってきたとき、こりずに運んできたワゴンには肉料理が乗せられていた。
「時間をかけてローストしたんだ。きっと気に入るだろう」
「うっ――!?」
私はその肉料理を見た瞬間、吐き気がした。
ワゴンに乗せられた肉料理に使われていた肉は、ヒザの辺りで切り取られて丸々焼かれた、人間の脚部だったのだ。
さっき食べたばかりのスープと胃液がグッと込み上げてくる。
「――オェェェェェェェェェェェェッ!?」
「あーあ、ダメじゃないか。吐くと栄養にならないだろう?」
私は込み上げてきたものをすべて床に吐き捨てた。
吐瀉物がべちゃべちゃと落ちて絨毯を汚す。
「人間を食べるだなんて……まさか、さっきのスープにも……!?」
「もちろん、彼らが使われている」
料理人さんの言う『彼ら』が誰か、聞き返さなくても容易に思い浮かんでしまう。
きっとあの森でバラバラになっていたのを拾い集め、カエル肉のようにあの大きなカバンに入れて持ち返ったんだ。
このイカレタ料理人さんにとっては、さっきまで生きて喋っていた人間でも、死んだ瞬間には食材にしか見えないんだ。
「お前だって一度は、人間の肉をおいしいと言ってくれただろう?」
「そんなこと一言も言ってな……まさか、あの干し肉も……!?」
「自分で食べるつもりだったから、まさか褒めてもらえるとは思っていなかったんだ。本当にうれしかったぞ」
「……狂ってる。あなたは狂ってます! 人間の肉を食べるだなんて……!」
「それは料理人としてだろうか。それても人として?」
「人としてに決まってるじゃないですか! あなたは人の道を外れています!」
「俺が人でないとするなら、人間を食べることになんの問題があるんだ?」
「っ……そんなの詭弁です! そもそもあなたはなんでこんなことをするんですか!?」
「それは……」
おかしな頭で考えるおかしな理屈を平然と言い返していた料理人さんが言葉に詰まった。
けれど、私の正論で自分の過ちを理解したのではなく、ただ過去を思い返していただけらしく、料理人さんはまるでメインディッシュを味わうようにじっくりと語り出す。
「……俺は北にある小さな村の生まれなんだが、ある年、村が大寒波に見舞われて食料が尽きたことがあった。このままでは家族が順番に死んでいくのを待つだけだと目に見えていたとある日の夜、俺は、衰弱して死んだ妹を両親と食べた」
「そんな……!?」
「父と母は泣きながら妹の肉を食べていたが、俺は夢中になって食べていたんだ。飢えていたからじゃない。妹の味に感動したからだ。肉には妹の短い人生の味が詰まっていた。理不尽に消えた命の味はこれほどかと震えたよ。俺が追い求めているのはそんな、愛しい人が不条理に失う命の味なんだよ」
料理人さんは悲しむことなく、あまつさえ口元に興奮した笑みを浮かべつつ語りながら、手慣れているはずなのに興奮で震えた手で肉料理を取り分ける。
ローストした人間の脚部は、指の形状から右脚だとわかった。
大きな皿に乗ったこの右脚に、私はとても見覚えがある気がする。
剣士さん?
……違う。
槍使いさん?
……違う。
弓使いさん?
……違う。
もっと身近な、一目見ただけで見覚えがあるとわかってしまうほど、じっくりと何度も見たことのある、付き合いの長い脚なのだけれど……。
「っ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――!?」
息が早く、そして浅くなって、私の体が縛られているイスと一緒にガタガタと震え始める。
そんな……。
まさか……。
信じたくない……。
一目見ただけで、それもローストされた状態の脚が誰のものなのかなんて、普通はわかるはずわけがない。
他人の脚なんてそんなにジロジロと見ないし、特徴まで覚えることなんてないから。
そう。他人の脚なんて、私は一人も覚えていない……。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――――――!!」
ガタガタを体を震わせた振動で、私のヒザにかかっていたナプキンがハラリと床に落ちる。
こわごわ視線を下ろすと、私の右脚はヒザのところで包帯が巻かれていて、ヒザから先はどこにも見当たらなかった。
きっと縫合した肉を隠しているのだろう包帯には、血がにじんでいる。
「――――ひッ!?」
「脚か? 脚ならそこにあるだろう。ほら」
「ああ……」
「お前の右脚は切り落とされはしたが、隠されたり消え去ったわけじゃない。こんがりとローストされ、皿の上に盛り付けられているだけだ。それだけだよ」
「ああああ……」
「俺が普通の料理方法では飽き足らずに料理スキルを手に入れようと思ったのは、食材を生かしたままその部位だけを切除するスキルがあると知ったからだ。手に入れるのに苦労して、結局レベルカンストまでしたが、手に入れたかいがあったよ」
まだ他にもどこか、私は食材として奪われてしまっているのだろうか。
……腕?
それとも目?
もしかして内臓?
あるいは――。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――!!」
私は、すでに私からなくなっている他の食材に気がついてしまうのが怖くて、ローストされた自分の脚から目を放せなくなる。
焼けてただの肉になってしまった脚をじっと見つめている間だけは、私はまだ右脚を失っただけの、正常な人間でいられる気がしたから。
「じっくり味わうといい。焦らなくても、キミの脚はもう逃げたりなどできはしないのだから」