アンモナイト
八月六日の日差しは厳しかった。
真上からジリジリと肌を焼く陽光に目をしかめつつ、男はちらりと腕時計を見た。
午後一時二分。
男は額の汗を腕で拭うと、夏草揺れる田舎の畦道を歩き出した。
五分ほど歩くと、道の真ん中に小さな水たまりがあった。
水たまりは泥で濁っており、水面には数匹のアメンボが弾んでいた。
男は子気味良く動きまわるアメンボが作り出す波紋を眺めていた。
ふっと気付くと、波紋に中に七色の渦巻き状のものがあった。
男は不思議に思い、しゃがみ込んだ。
すると、男の気配に気づいたのか、近くにいたアメンボたちがスイスイと離れていった。
男は水たまりの中央から螺旋に広がる七色の渦巻きを覗き込んだ。
指を出してみた。
その指が水面に触れると、自身が作った波紋で渦巻きが揺れた。
と、その瞬間、水しぶきを上げ、七色の渦巻きが宙にまった。
男は驚いて、その場に尻もちをついた。
男が見上げると、そこにはキラキラと光るサッカーボール大のアンモナイトが浮いていた。
男は立ち上がり、繁々とアンモナイトを観察した。
水たまりの上空でしか存在できないのか、金魚鉢の金魚のごとく、アンモナイトは同じ場所をクルクルと回っていた。
男がアンモナイトの前に手を出すと、進行方向を失ったのか、泳ぎをぴたりと止めた。
そのまま、渦巻きの部分に触れようと手を近づけると、浮力を失ったのか、突然ボチャンと水たまりに落ちた。
泥の水しぶきが男のズボンを汚した。
男はしばらく濡れた足先を見ていたが、突然水たまりごとアンモナイトを大きく蹴り上げた。
すると、アンモナイトは水しぶきを纏いながら空高く舞い上がり、上空の一番高いところで一度ピタリと止まった。そして、そのまま優雅に青空を泳ぎだした。
男は、遠くの入道雲の中へ消えていくアンモナイトを、寂しそうな目で見つめていた。
――
「なによこれ、サッカー選手なの、それとも考古学者にでもなりたかったのかしら?」
白衣を着た女性は、今日最後のデータを見終わると、そう呟きながら、そっとディスプレイの電源を落とした。