8お吹き祭り 2
あと少しで実家に戻れる。
お浜の心はいつにもまして軽よか、そして楽しげだ。
父親のために八戒膏、兄弟姉妹のためにあぶり餅を土産にして、ついつい見せたくて、明日のお玉女の衣装のまま、今日は帰路に就いたのだ。
道中、誰かに会うと恥ずかしいかもと思ったけれども、これもお九志汰さまがおっしゃる“センデン”だよね、って
自分に言い聞かせてあるので、大丈夫。
と、思ったその時だった。
前の辻から、わらわらっと数人の男が立ちはだかってきた。
“ちょっとお嬢ちゃん、顔かしな!”
“何ですか、私はあなたたちなど面識ないですが”
“あんたにはなくてもおれたちにゃぁあるんだわ、
さぁおとなしく付いてきな!!”
と無理やり手首をつかんで、裏路地に連れ込む。
お浜は必死に抵抗するが、男数人に取り押さえられていては
どうしようもないようがないことは明白だった。
徐々に引きずり込まれていたその時、腕をつかんでいた男の手に、激痛が走った。
“痛っぇ!!”
振り向くと、一人の若い男が、手刀で当身をくらわせていた。
“てめぇ、邪魔しゃがると唯じゃおかねえぞ!!”
頭目と思しき男の脅しにもびくともせず、若い男は次々に
当身を喰らわせていく。
ある時は拳で、ある時はひじで、向かってくるこぶしは
上腕で軽くいなし、今度は柔で足下に背中から叩きつける。
瞬く間に劣勢となった悪漢たちは、聞いたような捨てゼリフを残して立ち去るしかなかった。
“うぐっ、えっ、本当にありがとうございます”
お浜が泣きながら礼を言うと、好青年は、
“いやいや、大した事ないですよ、ご生宅まで送りましょう”
とボディーガードを買ってくれた。
帰ると娘のただならぬ様子に飛び出してきた父親であったが、青年が一通りの事情を説明すると、感謝し何度も礼を述べて娘を迎え入れた。
精神的なショックもあり、お浜はすぐに寝れなかったが、
日中の疲れもあり、暫くすると静かに寝息を立て始めた。
翌朝、父親が社まで、お浜を送り届けると、どうやら昨日の
騒動で左足の足袋飾りがなくなっていることに気づいた。
お九志汰さまに頼んで、急きょ竹皮に採色して作ってみたが、
やはり絹物とは色合いが微妙にずれてしっくりこない。
今にも泣きそうなお浜をなだめながら、父親は諭す。
“こわい思いしたのよくわかる。でもそれで今日お玉女を
お勤めできなければ、悪い奴らの思うツボじゃねえだろうか。 お前の楽しく踊る姿を見せつけてやることが、やつらに対する一番のお返しじゃねぇか。”
まだ少し泣いていたお浜であったが、ちんと鼻をすすると
腹が決まったようだった。
一太の急きょ作成した足袋飾りをつけて、私行くと
境内にかけていった。
お吹き祭りが始まった。
仰ぎ方がシャンシャンと仰ぎ、お玉女がドドンドドンと左右に舞い踊りながら囃したてる。
奇声を上げていた、真っ赤に彩色した子鬼たちも、風にあおられて、転がり出ていく。そしてそれを見ていた観客たちも
風の中に加わり舞い踊りが全体にいきわたったところが
この祭りのクライマックスだ。
お浜も他のお玉女も、仰ぎ方も観衆もすべて一体になり、
舞い踊る。
初夏になる前の憂鬱を吹き飛ばすかのような、濃い夜が
来て、この里は夏を迎えるのだ。
一太も交えて踊りまくっていると、、、
お浜の手が、一人の仰ぎ方の前で、ゆっくりと止まった。
見ると仰ぎ方の男も、少し微笑んで立ち尽くしている。
そう、例の好青年であった。
青年はお浜の足元にしゃがむと、懐から足袋飾りを取り出し
お浜に着けてあげる。
落とした足袋飾りはどうやら青年が持っていてくれたようだ。
さすがに専用に作っただけあって、お浜は一気にお玉女力が上がったのが明白だった。
“うおーっ”
と周りはさらに大盛況となり、お浜と青年はいつまでも
見つめ合っていた。